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手がかり①

「どれ、何が書かれてあるのか見てみましょうか」


 アルテナはそう言って、床に落ちた紙片を慎重に拾い上げて中を開いた。


「…………」


「な、なに? なんだったの?」


 無言で紙面に目を走らせるアルテナに痺れを切らし、マーガレットは横からぐいっと中を覗き込んだ。


「これは……!」


 そこに書き込まれていたのは、たくさんの文字だ。整然と横書きに何行も綴られており、恐らくは手紙か手記だろうと思われる。

 マーガレットは素早く文章を目で追った。



『私は常に神を敬い、信じてきました。健やかなる時も、病める時も、気持ちが晴れやかな時も悩みに明け暮れた時も、すべての時間を神に捧げてきたのです。筆舌に尽くし難い不運に見舞われ、不幸が続いた時も、神から下された聖なる試練と信じて耐えてきました。


 しかし、その報いは何だったのでしょうか?


 神に身を捧げた私には、妻も子もおりません。しかし、兄弟姉妹はいました。私の家は大家族でしたが、皆仲が良くお互いを敬い慈しむ理想の関係を築けていたのです。

 我が身が試練ですり減ろうとも、兄弟姉妹が幸せでいてくれたらそれで良い。多くは求めない、ただ平穏無事でいてくれたらそれ以上は望まない。


 しかし、そんな私の願いに反して、彼らには次々と不幸が襲いかかりました。

 兄は重い病気を患ってそのまま衰弱死し、一番上の弟は事故で夭折、姉は身ごもった子供を流産し、妹は人さらいに拐かされ行方知れずに――。


 なぜ、彼らがこんな目に遭わなければいけないのでしょう?

 彼らは、何も罪を犯していない。日々まっとうに生きてきただけで、神の怒りに触れるようなことは何もしていなかったのです。


 これも、神が私に与えもうた試練と言われるか?

 これが、神が私に下された裁定と言われるか?


 それともまさか、身も心も捧げて尽くしてきた私への、これが恩寵とのたまうおつもりか?

 我が身のみに留まらず、家族すらも捧げよと要求されたのか?


 そんなものが、人類の父とまで呼ばれる御方の所業だと?


 ――ようやく、すべてを理解しました。

 私はずっと、誤っていたのです。


 私が信じてきたものは、神は、敵でしかない。

 私が行ってきたすべては、無駄でしかなかった。


 自身の蒙昧さを悔いても、失った時は戻らない。

 しかし、これ以上の搾取を防ぐことはできる。

 その為には力が要る。神に対抗できる、究極的な力が。


 おお、家族よ。魂というものが本当に存在するならば、どうか見守っていてほしい。

 私はこれから、かつて禁忌と信じられてきた存在と接触する。

 我々を謀り、不幸に陥れた大いなる存在に、今こそ弓引く時だ――』



 ……記述はここで終わっていた。


「あの老牧師が【堕天使】に頼った理由は、これで分かったわね」


 アルテナは丁寧に紙片を畳み、スカートのポケットに収めた。


「持って行くの?」


「動機は大切よ。人が闇に堕ちるのは、大抵が深い絶望によるもの。わたし達はただ単に怪物を狩るだけじゃない、事態の根源となる人の心の闇を解析して二度と同じ悲劇を繰り返さない為に活動しているのよ。こうした告白は、予防対策を構築する上で重要な研究サンプルになるの」


「なるほど……」


 彼女が所属する【イービル・イレイス】とやらは、マーガレットが思った以上に本格的な活動をしているらしい。アルテナもまた、その一員として立派に務めを果たしているわけだ。

 マーガレットは、アルテナが羨ましくなった。目の前に立つこの同い年の少女は、自分よりもよっぽど大人でよっぽど自立して生きている。籠の鳥として囲われている自分とは違う。


「……籠の鳥?」


 内心に生じた声に、マーガレット自身引っ掛かりを覚えた。

 裕福な家庭に生まれて何不自由なく暮らしてきた自分を、なぜ籠の鳥などと思うのか。その理由は自分自身で分かっている。

 問題は、それが何か重要な意味を持つような気がしてならないことだ。自分が何かしでかすとしたら、その動機は恐らくこれだろうという……。

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