堕天使②
「神を棄てたというのなら、シンボルとなるものすべてを破棄するのが当然なのにそうはしなかった。どうして?」
「その、方が……! 人々が、受け入れやすいからです……! 神は嘘でも、その象徴を……そのまま主に移し替えれば……!」
「悪魔の首魁が神に成り代わるって? そんなの無理に決まってるじゃない。神と悪魔は相容れない。悪魔を信仰しながら牧師を名乗るのは、あなたの主に対する冒涜で不敬以外の何物でもないわね」
「ちが、う……! あの御方なら、神の代行者たりうる……! 我々を救う為に、天国を棄て地上に降りた天使の名を冠する、あの御方なら……っ!」
そこで何かに気付いたように、悪魔が口を噤む。だがもう遅い。
アルテナの顔には、会心の笑みが浮かんでいた。
「【堕天使】、それがリヴァーデンの黒幕なのね。ありがとう、よく分かったわ」
「おのれ……! 謀ったな……!」
憤怒の形相で悪魔が睨む。
「謀ったなんて大袈裟ね。これまでの調査で、大体の目星くらいついてるわよ。今のはそう、最後の裏付けに過ぎないわ」
「キサマァァァ!」
がば、とそれまで膝をついていた悪魔が驚異的な速さでアルテナに飛び掛かる。もう力は残っていないと思われていたが、最期の最期に一矢報いようと僅かな余力を隠していたのだ。
油断を衝いた完璧な一撃。怒りに燃える悪魔の爪が、アルテナの喉に届きそうに見えた。
「見苦しいわ」
マーガレットの目に映るアルテナの像が一瞬ブレた。次の瞬間には、悪魔がアルテナを通り過ぎて彼女の背後に現れる。
そして、悪魔の頭は縦真っ二つに割れて、飛び掛かった勢いのまま床にどうと倒れ込み動かなくなった。
今度こそ、間違いなく彼の生命は尽きた。
「具体的な居場所までは訊き出せなかったけど、まあ良しとしましょう」
優雅に血振りを済ませ、アルテナは大鎌の刃をしまった。
「アルテナ……。敵の正体が分かっていたの?」
マーガレットは驚愕の眼差しでアルテナを見つめた。
「まあね。確証がなかったからどこかでそれを得たいと思っていたけど、此処に来たことでそれも果たされたわ。後は本体が隠れている場所を突き止め、討ち取るだけよ」
マーガレットは今一度、自分をこの街に導いた列車とそこで出くわしたあの青年を思い浮かべた。やはり彼こそが黒幕で、この老牧師を悪魔に変えた張本人なんだろうか?
「【堕天使】、ってさっき言ってたよね?」
「そうよ。神話では神に反逆し、天国から追放されて悪魔の王にその身をやつしたと言われているあの【堕天使】よ。サーヴスといった化け物たちや、このリヴァーデンを生み出す力を持った存在としては説得力があるでしょ?」
「そうかも知れないけど……。まさか、神話が現実になるなんて……」
「まあ、実感が湧かないのも無理はないわね。昨日まで、世の闇とは無縁の善良な小市民として生きてきたんですもの」
アルテナは自分が斃した化け物たちの亡骸で溢れる礼拝堂をぐるりと見渡すと、右側の翼廊に続く扉へ向かった。そこでマーガレットもようやく気付いたのだが、この教会は身廊と左右の翼廊が直接繋がっておらず、それぞれ壁で隔てられた構造になっているようだ。