貴族令嬢、マーガレット・ウォレス③
「どこ行ったの……!?」
慌てて部屋の中を見渡すが、どこにも居ない。客室のドアは閉まったままだ。開閉する音はしなかったし、青年の足音も聞いていない。それなのに、さっきまで確かに目の前に座っていた筈の青年が消えた。
まるで煙のように、忽然と。最初から、この客室には自分しか居なかったかのように。
「そんな筈がないわ! きっと、ドアの後ろ辺りに……!」
ぶり返してきた恐怖心を振り払おうと、マーガレットが客室の外へ探しに行こうとした時だ。
ガタガタガタ――! と、一際大きな振動が客室全体を襲った。
「きゃっ!? 今度は何!?」
マーガレットは反射的に背もたれの縁を掴んで体勢を支えた。しかし揺れは一向に収まらない。地震だろうか?
「ひぃっ!? だ、誰か……!」
激しい揺れに晒されて、マーガレットの心が完全に恐怖で塗り潰される。汽車の車輪がレールを強くこする不協和音が客室にこだまし、否が応にも危機感を駆り立てる。このままいけば良くて脱線、最悪車輌そのものが転倒してしまうだろう。そうなれば、中に居るマーガレットも生命の保証は無い。
「や、やだ……! こんなところで、わけも分からないまま死んじゃうなんて……!」
父様、母様、神様、天使様、いやこの際悪魔でも構わない、どうか自分を助けて――!
死にたくない一心で、マーガレットは思いつく限りの相手にひたすら祈る。少しでも気を紛らわせようと、窓の外を見た。
「え――?」
空の赤さが増している。夕焼けにしてはやけに鮮烈過ぎる、どぎつい真紅。それはまるで、あの青年に宿った瞳の色を思わせる。どこまでも赤く、しかし同時に禍々しい、血のような色合いに染まった世界。
これは本当にこの世の光景なのだろうか? もしかして自分は、夢を見ているのではないのか?
心の中で膨らむ疑問に呼応するかのように、空の真紅がますます強さを増した。窓から客室に侵入し、たちまち内部を赤の光で満たしてゆく。
視界すべてが真紅に覆われたと同時に、マーガレットは意識を失った。