堕天使①
「お、おのれ……っ!」
顔を歪めた悪魔が、上体をぐらりと傾かせる。耐えきれずに膝をつき、手をついてギリギリのところで体重を支えてどうにか倒れるのを防いだ。
「や、やった……! アルテナが勝った……!」
勝負ありと見てマーガレットの緊張の糸もようやく緩み、改めて今しがたの攻防を思い返す。
アルテナの操る大鎌が目の前に突き出された時、悪魔はギリギリのところで半歩身を引いて回避を試みた。結果として全身が両断されることは避けられたものの、斜め袈裟に入った大鎌の刃は彼の肉体を深く抉っており、一直線に走った傷口からは黒い血の川が氾濫していた。
「あの強姦魔みたく真っ二つにしてやったと思ったのに、意外としぶといわね」
大鎌を手元に引き戻して残心を示すアルテナは、すぐさまとどめの一撃を放とうと深く息を吸った。
「ま、待って!」
マーガレットは反射的に叫んでいた。アルテナの目が一瞬だけこちらを向く。
「大人しくしてなさい、マーガレット。最後まで油断は禁物よ」
「そ、そうじゃないって! 話! そいつから黒幕の話を訊き出すんじゃなかったの!?」
「あ」
すっかり戦闘モードになっていたアルテナの顔付きが、ふと鋭さを失った。眉を上げ、毒気の抜けた表情で彼女は呆然と目の前で膝をつく悪魔を見下ろしている。
「……すっかり意識から飛んでたわ」
マーガレットはずっこけそうになった。目の前のことに集中し過ぎて本来の目的を見失っては本末転倒だ。
「ちゃんと訊き出さないと。私も気になるし」
「そうね」
柄を背中に回して構えを解いたアルテナが、大量の黒血を流しながらうずくまる悪魔に慎重に近付く。マーガレットも恐る恐る、その後ろに続いた。
「……もう、長くは保たないわね」
アルテナは冷たい声で、虫の息となった悪魔を見下ろす。為すすべなく流れ落ちる自分の血を眺めていた悪魔が、震える頭をどうにか持ち上げた。
「満足、ですか……? 他者の事情に首を突っ込み、彼らから救いを取り上げる貴方は……!」
「被害者ヅラしないで。そんな醜い姿になって襲いかかってきておきながら」
どこまでも同情の一片も見せない。そんなアルテナの姿勢を頼もしく思う反面、少し怖くも感じるマーガレットだった。
「さあ、そんなことよりも答えてもらうわよ。この街、リヴァーデンを形作っている首魁は誰? 何処に居るの?」
「はは……。まさか、この期に及んで私が答えるとお思いで……? もう、私は助からないというのに……。ゲフッ、ゴホッ!」
自嘲をありありと滲ませながら、悪魔は力無く笑った。笑い声の隙間に、咳と混じった血の塊が口から吐き出される。マーガレットから見ても、彼の生命が尽きるのは時間の問題だというのは明らかだった。
「あなた、牧師だったんでしょう? 最後の最後くらい、神の意志に殉じる気概を見せなさいよ」
「誰が、そんなこと……! 我らを顧みない、神に……!」
「あなたがどういう人生を生きてきて、どうして神を見限る羽目になったのかは知らない。それでも、あなたは牧師という肩書を棄てていないし、教会にも強い拘りを持っているわ」
「……!」
悪魔の濁った目が、僅かに見開かれる。