眷属たる悪魔①
「ハァァァッ!」
裂帛の気合いが老牧師の喉から迸る。それと同時に彼の上半身が膨張し、まとっていた聖職者の服がビリビリと悲鳴を上げて破け散った。
破けた服の内側から、異常発達して赤黒く変色した肩の筋肉が飛び出す。更に背中からは、一対の巨大な黒い翼が生えてきた。
「こいつも化け物に変異した連中のひとりってわけね」
「化け物とは失礼ですな! これぞ、心身の内側から湧き上がる力に適応した人間の真なる姿だというのに!」
アルテナの嫌味に溌剌と答える老牧師。その口には長い牙が覗き、側頭部からは湾曲した二本の角が左右に向かって伸びている。ほんの僅かな間に人間だった頃の面影がどんどん消え失せ、代わりに異形が形勢されてゆく。
「見よ! これぞ我が主がご教示下さった、私の本質だ!」
そして、老牧師は変身を完了する。
黒い毛に覆われた、偶蹄目を思わせる脚。人間と同じ形ではあるものの、赤黒く染まって異常に膨れ上がった上半身。コウモリを思わせるような二枚の翼。牙と角が加わった頭部。
その姿は、まさしく宗教画等で良く目にする――
「あ、悪魔……!?」
「さながらバフォメットのなりそこない、ってとこね。その不細工なデザインは」
慄くマーガレットとは対照的に、アルテナはどこまでも不遜で余裕のある態度を崩さなかった。出会った時と同じように凛然と大鎌を構え、恐るべき異形と成り果てた老牧師と対峙する。
「この姿を前にしても怖れを見せぬとは大したもの! しかしその余裕、どこまで続きますかな!?」
「自我を保ったサーヴス共はどいつもこいつも御託を並べるのが好きなのね。そんなにその哀れな姿を自慢したいのかしら?」
「その減らず口、すぐに閉じさせてあげましょう!」
異形の悪魔がその翼を大きく開いた。獣の両脚が大理石の床を強く蹴り、その巨体を宙へ浮かす。
続いて悪魔は中空で前傾姿勢を取ると、開いた両翼で礼拝堂の空気を切り裂きながらアルテナ目掛けて一直線に滑空してきた。
その猛然とした勢いは、さながら夜空を翔ける流星のようだ。
「ふっ!」
だがアルテナは動じることなく素早く飛び退り、自らの身体を後ろへ逃がす。
直前までアルテナが立っていた場所に悪魔の拳が叩き込まれ、石材が破砕して塵埃が辺りに飛ぶ。
「そんな見え透いた攻撃、当たるわけがないでしょう!」
大きく両脚を開いて大鎌を振りかぶったアルテナが反撃に出ようとする。
しかし、悪魔の攻撃はそこで終わりではなかった。
「まだまだァ!」
「っ!?」
舞い踊る塵埃を破って再び悪魔の拳が突き出されてきた。今まさに踏み出そうとしていたアルテナは後の先を取られたような形になり、中途半端な攻撃の勢いを無理やり押し留めて身体をのけぞらせ、どうにか二撃目の回避にも成功する。
黒い丸太のような拳圧から生まれる風が、彼女の薄紫色の髪を掠めた。本当にギリギリのところで躱したのだ。
「危ないわ、ねっ!」
不意をつかれて完全に不自然な体勢へと追い込まれたにも関わらず、そこで今度こそアルテナは反撃に転じた。
背中から床に倒れ込もうとするのを後ろに突き出した大鎌の柄で防ぎ、床に突き立てた石突を軸にしてくるりと身体を回転させる。爪先からふわりと床に降り立ち、踵をつけると同時に回転の勢いを利用して大鎌を下から跳ね上げた。
偃月の軌道が一瞬の閃光を走らせ、姿勢の伸び切った悪魔を両断せんとする。
ピンチをチャンスに変えた、見事な一撃。それが吸い込まれるように、突き出された悪魔の腕へと打ち込まれる。
「ぬうっ!?」
直前でどうにか悪魔は体勢を整え、腕を引こうとした。が、僅かに遅い。
切り払われた肘の辺りから、赤い鮮血が吹き出して周囲に飛び散る。
えぐられた腕の傷を庇うようにもう片方の手で抑え、悪魔が二歩三歩と背後に後ずさる。
「切断してやるつもりだったけど、悪運が強いわね」
柄を両肩に乗せたアルテナが不敵に笑った。そして見せつけるように、返り血の滴る大鎌の刃を前面に押し出す。
「なるほど、道理で今までこの街で生きながらえてきたわけです。主の恩恵を受けた私のような眷属に、ここまで見事に対応できるとは。少々、侮っていましたな」
忌々しげに顔面を歪めながらも、老牧師は驚嘆したようにアルテナを見据える。
「その“主”ってのが何なのか、いい加減に答えなさいよ。神じゃないことは確かでしょうけど」
「ひとつ、良いことを教えて差し上げましょう。私に勝てれば、自ずと分かりますよ!」
悪魔の翼がまたもや開いた。また飛び上がるつもりかと戦いを見守っていたマーガレットは思ったが、次に起きた出来事は彼女の予想を安安と裏切った。




