神を棄てた牧師②
「……貴女は、この街に呼ばれてやって来たわけではなさそうですね。強く自分を保ち、自力で望みを叶えられる人は、そもそもこの街を必要とはしません。なぜ、貴女は此処に居るのですか?」
「決まっているでしょ、この街を潰すためよ」
老牧師の目が細まる。
「……このリヴァーデンは、現実の世界で搾取され続けた者達が流れ着く楽園です。誰にも迷惑をかけず、ただそこに在るだけの避難所なのです。貴女はどうして、それを壊そうというのですか?」
「偽りの楽園なんて所詮は逃避よ。人生から逃げたいなら逃げれば良いわ。逃げたツケを、背負う覚悟があるのならね。でもそんな弱虫を、次から次に生み出すような温床があっても困るのよ。それは、ギリギリのところで踏みとどまろうと頑張っている人達だって堕落させてしまう毒なのだから」
「なるほど、大義名分を掲げておいでなのですね。公益のために、正義の刃を振るう。実に勇敢なお人だ。まばゆくて、見る側の目も眩みそうな独善に浸っている。貴女のように光の中を歩む方には、闇の中で必死にあがき苦しむ者達の心は分からないのでしょうね」
「どれだけ苦しもうと、誤った道に逃げれば救いは無いわ」
アルテナは敢然と言い切った。それを聴いて、マーガレットの心にも強い衝撃が流れる。
(もしかしたら、私も、何かから逃げようとしていた……?)
何か、とはなんなのか。思い当たることと言えば、あれしかない。
(私もまた、此処に居るサーヴス達と何ら変わらない……)
暗澹とするマーガレットをよそに、アルテナと老牧師の間に流れる険悪な空気は限界を迎えようとしていた。
「無駄な議論はここまでよ!」
結論を下すように、アルテナは老牧師目掛けてビシッと人差し指を突き立てる。
「こんな碌でもない街を生み出した元凶を教えなさい!」
「……断る、と言ったら?」
「だったら腕ずくで、訊き出してみせるわよ!」
アルテナは素早く背中に手を回し、身体を一回転させながら大鎌を抜いた。畳まれていた柄が遠心力によって立ちどころに長く伸び、鎌の刃が開いて周囲の空気を斬り裂く。
マーガレットが瞬きを挟んだ後には、既に彼女は腰を落として戦闘の構えに入っていた。
「噂に違わず、実に乱暴な御方だ。こうなれば私どもも非常の手段を取らせてもらいますよ」
老牧師は慌てることなく、手を高く上げた。それを見た周囲のサーヴス達が、一斉に身体をアルテナに向けて不穏な唸り声を発する。
マーガレットを襲ったあの男と違い、彼らは言葉も定かではなく雰囲気も虚ろだ。巨大な怪物に変異するでもなく、ただただ痩せこけた四肢を不格好に動かしているだけの夢遊病患者のようにも見える。
「この街を壊そうとする不届き者です! 貴方達の手で、排除してしまいなさい!」
老牧師の号令を合図に、自我を喪失した幽鬼の群れがアルテナ目掛けて殺到した。
「甘いわ、よっ!」
アルテナは器用に手の中で大鎌を回転させながら、鎌の峰で向かってくるサーヴス達を次々と打ち据えていく。一発攻撃が当たっただけで、その幽鬼達は尽く崩れ落ちて無力化していった。
「自分の欲望に自我すら押し流されて、機械的に貪るだけになった雑魚共なんて相手じゃないわ! こちとら変異体だって何度も斃してきてるんだから!」
アルテナの言う変異体とは、あの男みたいな怪物化する力を手にした者達なのだろう。良かった、誰も彼もがあんな能力を身に着けて襲ってくるわけではないんだ。
「確かに、迷える子羊達では分が悪そうですねぇ」
マーガレットはハッとした。老牧師の顔にも言葉にも、特に焦りの色は表れていなかったのだ。
「仕方ありません。欲望を力に昇華させた我が力、存分に披露して差し上げますよ」
不敵な笑い声と共に、老牧師は両腕で自分の身体を抱きしめた。