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神を棄てた牧師①

 マーガレットは、あらわになった礼拝堂の光景を見て絶句した。

 生気の失せた亡者に等しい胡乱うろんなサーヴス達が、自らの欲望にだけ忠実なあの怪物達が、大人しく牧師の前に並んで説教を聴いているではないか。

 誰も、扉を開けて入ってきたマーガレットとアルテナに注意を向けない。ただ一心不乱に礼拝堂の奥を、そこに設けられた歪な祭壇とその前に立つ牧師を見ている。


「さあ、遠慮せずこちらにいらっしゃい。ここに来るのが初めてであろうとなかろうと、この場においては皆平等です。どうぞごゆっくりお過ごし下さい」


 髪にもヒゲにも白いものが混じり始めたその牧師は、非常に慇懃いんぎんな物腰で二人を手招きした。さっきまでの、あの不気味な説教を行っていた人物と同じとはちょっと思えないくらいだ。


「歓迎ありがとうと言いたいところだけど、こっちは暇じゃないのよ。手早く、訊いたことにだけ答えてもらえるかしら?」


「おや珍しい、まだ理性をお持ちの御方ですな」


 初老の牧師は僅かに眉を上げ、興味深そうにアルテナを見た。


「……なるほど、貴女ですね。リヴァーデンの各所で、暴力沙汰を起こしているという罪深い方は」


 アルテナは不敵に鼻を鳴らした。


「ふん、だったらどうだっていうの? こんな地獄が現実化したような街なんてとっとと潰すに限るわ。わたしのことを罪深いと言ったけど、世間の一般常識からずいぶんかけ離れた罪の定義ね。神を奉ずる教会の名が泣くわよ」


「貴女は分かっていない。誰もが、神の下で清く正しく生きられるとは限らないというのに」


 悲しげな溜息を吐く老牧師の前に、サーヴスのひとりが進み出る。


「あ、う~……あ~……!」


 よほど街に深く染まってしまっているのか、もはや言葉も定かではない様子だ。そんな亡者に対し、老牧師は慈愛の表情を浮かべてうんうんと頷く。


「すみません、お待たせしてしまいましたね。今、お望みのものを顕現させましょう」


 そして胸に掛けた十字架を手に握り、目を閉じて念じた。


「リヴァーデンよ、欲望の叶う楽園よ。この者の願いに応え、この者の望む物を此処に与え給え」


 するとどうしたことだろう。周囲からいくつもの光の玉が浮かび上がり、老牧師とサーヴスの間を取り巻いた。黄色く光るそれらは、しばらくぐるぐると二人を取り囲みながら円を描いていたが、やがて老牧師の前に集約して形を成した。

 光が薄まり、代わって形を得たものが存在感を強くしていく。完全に光が消えた後に残ったのは、木製のバスケットに入った葡萄ぶどうの山だった。


「あ~! うあ~!」


 そのサーヴスはたちまち歓喜の声を上げ、奪い取るように老牧師の手からバスケットを受け取る。そして取り出して実をもぎ取るのも惜しいとばかりにバスケットへ顔を突っ込み、葡萄の房にかぶりついて咀嚼し始めたのだ。


「ううっ……」


 あまりにも浅ましい振る舞いに、マーガレットの心が嫌悪感でいっぱいになる。アルテナもまた飢えた餓鬼に冷たい一瞥をくれたが、すぐに老牧師に向き直る。


「今の、明らかに神の御業じゃないわよね。神様はこういう、分かりやすくて即物的な恩寵はもたらさないでしょ」


「如何にも、これは神には成し得ない奇跡です。彼の望みは、神では叶えられなかった」


 老牧師は少しも悪びれずにそんなことをのたまう。とても聖職者の発言とは思えない。


「不敬もここに極まれりね。あなた、本当に牧師?」


「ええ、この街に来る以前はね。今は、新たな施しを行うのにこの恰好とこの教会が都合が良いので利用させてもらっているに過ぎません」


「得体のしれない摩訶不思議現象を納得させるために、ってこと? 神じゃないなら、一体何者がこんな茶番を仕組んでいるのかしら?」


「それはもちろん! ……と、答えてあげたいところですが、どうもそうするのは憚られますねえ」


 アルテナを見つめる老牧師の目に、陰険な光が宿った。


「貴女の物腰には、明らかな敵意を感じます。現在進行系でこの街の、リヴァーデンの秩序を乱している方に、そのようなことを教えられるとお思いですか?」


「つまり、わたしに知られると都合が悪いのね。この“奇跡”を起こしているヤツってのも、案外みみっちい存在なのかしら?」


 老牧師の眉が、ピクリと動いた。

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