悪魔崇拝②
マーガレットはめまいがする思いだった。次々と非現実的なことが起こり、ついにはとうとう悪魔ときたものだ。神話や伝承の世界に自分もどっぷり浸かり、そのまま頭まで沈んでいってしまいそうだ。
「この街が、悪魔の創ったものだと説いてるの……?」
「可能性としては妥当なものね。悪魔の力を借りた魔女の類が術者なのか、はたまた悪魔そのものが現世に顕現しているのかでまた変わってくるけど」
「よ、よくそんなに冷静でいられるね……!?」
「ある程度は想定していたことよ。この独立した異空間を創り、サーヴスのような怪物を生み出し得る存在といったら相当に高位な霊的存在か、またはそれに準ずる力を持つ者に限られるもの」
そこでマーガレットは思い出した。自分の質問に曖昧な答えを返した時のアルテナの意味深な物言いを。
「まさか、私が列車で出会ったあの男って……!」
「そう、そいつが“それ”である可能性は非常に高いと見て良いわ。確かなことは、本人と接触するまで分からないと思うけど」
ぞくぞくぞく、と背筋に毛虫が這うようなおぞましさをマーガレットは覚えた。
あの時自分が出会ったあの青年が、悪魔ないしは悪魔憑き……!?
自分は、悪魔の影がある相手と話していたのか……!?
「マーガレット、呆けてないでさっさと付いてきて」
こちらの内心などいざ知らず、アルテナは再び正面玄関へと回ろうとしていた。
「ど、どうするの!?」
「この説教をしている奴が、色々と知ってそうなことは分かった。直接尋問してみる」
「ま、待って……!」
アルテナを追おうとした時、マーガレットははたと気付いた。
この街へ来る前の、記憶が抜け落ちている自分のことだ。
まだ、思い出したわけではない。自分がどういう経緯であの列車に乗り、あの青年と出会うことになったのか、まるで分からない。
だがもしも、もしもだ。
あの青年が悪魔だったとしたら、自分の方から一度、彼に接触を図ったという可能性が高いのではなかろうか。
なぜならば、悪魔とは往々にして人が呼び出すものだからだ。
人の願いを聴き、対価と引き換えにそれを叶えるとされているものが悪魔だからだ。
その結果として、このリヴァーデンに来ることになったのだとしたら?
自分は、悪魔に何らかの願い事をしたのでは……?
「どうしたの、マーガレット?」
気付けば、アルテナが怪訝そうに自分を見ていた。
マーガレットは顔を振り、取り繕うように笑みを浮かべた。
「ああ、ごめん。ちょっとスカートの裾が雑草に引っかかっちゃって。もう取れたから大丈夫よ」
と、傍に生えている比較的背の高い雑草を指差して見せる。
「まあ、そんな丈の長いお上品なスカートなら無理もないわね」
アルテナは特に気に留めた様子もなく、ひとつ頷いて再び歩きだした。
マーガレットはため息をひとつついて、今度こそその後を追う。
ややあって二人は、当初の予定通り館を一周して再び正面玄関前へと立った。
「開けるわよ」
扉に手を添えてこちらに確認を取るアルテナに、マーガレットは緊張を漲らせながらこくりと頷く。
そして老朽化の進んだ真鍮の扉は、薄紫色の髪の少女の手でゆっくりと押し広げられてゆく。
そこには――
「おや、お珍しい。新顔ですね。いらっしゃい、我が教会へ。さあ、こちらへおいでなさいな」
最奥の内陣に屹立し、多数のサーヴスを前に滔々と説教を行う、ひとりの牧師風の男が居た。