悪魔崇拝①
門前に掛けられた石造りのアーチを潜り、マーガレットとアルテナは教会の敷地へと入った。
「随分古びた教会のようね」
アルテナが呟いた通り、教会の建物はところどころ漆喰が剥げて見すぼらしい外観になっていた。
拝廊に通じる玄関ドアは錆付き、壁には茨のような刺々しい植物が巻き付いている。
上を見上げて見れば、雨樋脇に整列する小さなガーゴイル像も顔の半分が欠損していたり、翼や腕が折れて失くなっていたりしていた。
更に地面に目を落とすと、辺りは雑草が伸び放題でまったく手入れがされていない。
「神の家なの? これが……?」
マーガレットは信じられない思いで教会の惨状を見つめる。週に一度、家族で近くの教会へ出向いて礼拝する身からすれば、教会の敷地がこれほどまでに清潔感を失っている光景など想像もできないことだった。
「ま、こんな街にある教会なんだから、そりゃ碌でもない有り様になってても不思議じゃないでしょ」
アルテナは呆れたというように肩をすくめた。
「取り敢えず、外側を一周してみましょう」
見るも無惨な正面玄関を避け、二人は背の高い雑草を避けながら身廊へと回る。
やはりというべきか、ここもまた負けず劣らずボロボロだった。上方の一部の壁に至っては、崩れかけていて穴が空いている。
「――……」
その穴の中から、誰かの話し声が微かに聴こえてきた。が、それはとても小さく、意味までは汲み取れない。
アルテナは口元に人差し指を当て、足音を潜ませながらゆっくりと先に進んでいく。マーガレットも中からの声に神経を尖らせながら、慎重に後に続いた。
身廊を通り越し、横に突き出した翼廊を迂回して内陣の方へと近付いていく。声は翼廊に沿って進む間に一旦聴こえなくなり、内陣に近付くに連れてだんだんと大きくなって単語が拾い取れるようになってきた。
「……神は死に、恩寵は絶えた。我らが救いは消え、後には苦しみが残るのみ。人々よ、祈るな願うな奉るな。すべて無駄だ無意味だ手遅れだ。我らが縋るは、ただ己の心のみ。己の心に潜む、大いなる力の根源なり……」
口調だけを聴けば、牧師が唱える礼拝の文言とリズムが似通っていた。しかしその内容は、到底神への感謝や祈りとは程遠い。
「なに、これ……?」
「変わった説教ね。リヴァーデンではこれが普通なのかしら」
皮肉をありありと滲ませながら、アルテナは口の端を吊り上げた。
二人は内陣の最奥、後陣に面した壁の前で立ち止まった。
「どうするの?」
「とりあえず、あの謳い文句をもう少し聴いてみるわ。何か情報が出てくるかも知れない」
二人は息を潜め、後陣の方から流れてくる音声に耳を澄ませた。
「……我が言葉を信じよ。汝が心の赴くところを信じよ。この世の苦しみは、汝自身で和らげるしかない。その為の力が、汝ら人の子には備わっておる。神は汝に欺瞞を示すだけで、何も与えてはこなかった。人の子よ、今こそ目を覚ますのだ。汝が欲望を、それに気づかせてくれたこの街を、そしてこの楽園を用意してくれた、偉大なる魔界の王を!」
最後の言葉は、ひときわ強く響いてきた。
アルテナの表情が変わる。
「魔界の王……! やっぱりね」
「ねえ、それって……!」
マーガレットにも心当たりがあった。神を否定し、なおかつ悪しき霊たちの棲むと言われている魔界からやってきた存在とくれば――。
「悪魔……!?」
「ええ、そして連中はまさしく悪魔崇拝者よ」