教会へ向かえ!②
『このようなお話を頂けるなんて、当家としては実に喜ばしい限りです』
『いえいえ、当商会と致しましても、伝統と格式のあるウォレス家の方々とは今後も変わらずお付き合いをさせて頂きたいと思っておりますからな。この度の御縁は、その重大な布石となりましょう。私個人と致しましても、誠にもって光栄の至りでございますよ、はっはっは』
忘れもしない、父とさる有力商会の長が交わしたやり取り。必然的にその場に居合わせてしまったマーガレットは、自分のめぐり合わせの悪さをひどく呪った。
昨今の世では、多くの貴族が既に没落の道へ足を踏み出している。根源的な制度の改変によって従来の収入を断たれたのがやはり大きい。家財を切り売りしながら食いつなぎ、徐々にやせ細っていく家も珍しくない。
そんな中で、マーガレットの実家であるウォレス家は、新しい時代へ対応することが出来た数少ない例といって良いだろう。かねてより民間の事業に目を付け、複数の商会とパイプを繋いでいたおかげで、経済的な困窮は免れた。マーガレットが不自由のない暮らしを送れたのも、両親の必死な努力があればこそである。
だがこうした持ちつ持たれつの関係には、往々にしてささやかな犠牲が求められるものだ。
そのしわ寄せを食ったのも自分であることも、マーガレットは強く思っていた。
「どうしたの、マーガレット?」
俯いて物思いに耽るマーガレットの顔を、アルテナが不思議そうに覗き込んだ。
「……ううん、なんでもない。そんな大事なものなら、尚更失くすわけにはいかないわね」
過去の忌まわしい記憶を振り払い、マーガレットはアルテナから預かったロザリオを慎重に仕舞った。その様子を、何か言いたげにアルテナは見ている。
彼女が口を開く前に、マーガレットは訊いた。
「それよりもアルテナ、教会を探すって言うけど何か当てはあるの? このままただ闇雲に街中を彷徨うだけじゃ、難しいと思うけど」
「人を考えなしみたいに言わないで。ちゃんと当たりをつけているに決まってるじゃない」
アルテナはおもむろに近くの曲がり角に身を寄せ、向こう側を覗き込んだ。
「ほら予想通り。きっとあれがそうよ」
「え? もう着いたの?」
続いてマーガレットもアルテナの脇から曲がり角の先を確認する。
確かに、そこに鎮座しているのは教会に違いなかった。あの独特のフォルムをした外観の上に、鐘を頂くベルコートがちょこんと乗っている。ひと目でそれと分かる、神の家だ。
「例のバイオリン職人はあそこから材料をせしめてきた。彼が帰ってくる時に馬蹄や車を曳く音は特に聴こえてこなかったから、材料を抱えたまま徒歩で行き来できる距離にあることは明白よ。あとは近辺にいるサーヴスの中から、何処かへ行こうとしている奴を尾行すれば良い。まさか最初に当たりを引くとは思わなかったけど、ツイてるわね」
マーガレットは、アルテナの冷静な観察力に舌を巻いた。ただ当てずっぽうで歩いているだけかと思ったが、まさかサーヴスを尾行していたとは。街の元凶を狩ると豪語するだけに、彼女はきちんと考えて動いているのだ。
二人の視線の先で、その尾行していたと思しきサーヴスの一体が震える手で教会の扉を叩く。
しばらく待った後で、その扉は開いた。誰かの手が隙間から見えたが、全身は現れない。そしてその手も、すぐに内側に引っ込んでしまった。
扉を開けてもらったサーヴスが、フラフラと中へと入ってゆく。
奥の暗闇へその姿が呑み込まれた後、再び手だけが差し込まれて静々と扉を閉めた。
「どうするアルテナ? 私達も乗り込む」
「いえ、まずは外側からぐるっと周ってみましょう。中に入るのはそれからよ」
アルテナの指示に従って、マーガレットは教会の前へと慎重に近づいた。