教会へ向かえ!①
欲望の亡者であるサーヴス達がはびこる街中を、二人の影がそろそろと移動する。
裏通りに居る彼らの数はまばらだが、路地の向こうからは大量のうめき声や足音が絶えず響いてきており、幾重にもブレンドされたそれはまるで呪いの歌みたいだ。
「ねえアルテナ、本当に彼らに私達は見えてないんだよね?」
「大丈夫よ、わたしが貸したロザリオを手放さない限り、魔術の効力は消えないわ」
おっかなびっくり歩いているマーガレットに対し、アルテナは実に堂々としたものだ。今もまた、無言で佇んでいるサーヴスの背後をしれっと通りすぎてこちらを手招きしている。その一体をはじめ、周囲のサーヴス達は誰もこちらに反応を示さない。
本当に、自分達の存在に気付いていないのだ。
それでもいつ気付かれるか気が気じゃなく、マーガレットは息を殺して慎重に足を運ぶ。
裏通りを抜け、サーヴス達の姿が近くに見えなくなった頃になってようやく緊張の糸も緩んでくる。
マーガレットは握りしめた右掌を開き、中に握り込んでいたロザリオを目の前に掲げてみた。
「こんな小さなお守りが、そんな魔術の触媒になるとはね」
アルテナが持っていたそれと同一の造りをした銀のロザリオが、マーガレットの手の平できらりと煌めいた。
「元々、銀には悪しき者を祓う力があるっていうじゃない? あれ、本当にそうなんだよね。だからわたしの鎌も、刃の部分は銀で出来てるし」
「攻撃にも防御にも応用が利くってこと?」
「そっ。このロザリオの場合は、銀の力を借りて身晦ましの術を発現させていることになるの。これさえあれば、暫くの間はサーヴス達に見つかる恐れも無くなるわ。本人にじゃなく道具に付与しているから、生半可なことでは解除されない。安心してくれて良いわよ」
自信たっぷりにアルテナは言い切った。彼女の手にも、あのロザリオがしっかりと握られている。
「まさか二つも持っているなんて思わなかったわ」
「いざという時の為にスペアを用意しておくのは基本よ。万が一紛失したら困るでしょ?」
もっともな用心である。
マーガレットは指でロザリオをなぞってみた。よく磨かれた銀の、つるつるとした感触が指の腹に伝わってくる。
だが、ふとそこでロザリオに架けられている紐に結わえられた、たくさんの丸いピースの方に気を取られた。
「これ、もしかしてサファイア?」
「その通りよ。誠実性や信頼を表す宝石だからね、護符との相性も良いのよ」
「信じられない……。サファイアをこんな小さく、綺麗に加工するなんて……」
中心に紐を通したサファイアの小玉を、マーガレットは感嘆の溜息を吐きながら眺めた。どうやらこのロザリオ、随分と趣向を凝らして造られた逸品のようだ。これだけのものを完成させるのに、果たしてどれだけ費用がかかったことか。
「えへへっ。わたしの父さんがわたしの為にって特注してくれたんだよ。この鎌もそうだし、わたしに【イービル・イレイス】の心得を一から教えてくれたのも父さん。どう、すごいでしょ?」
父親の自慢をするアルテナは、とても誇らしげだ。いつもの仏頂面が嘘のように、はにかんだ笑顔を見せている。よっぽど大好きなのだろう。
「ひょっとしなくても、アルテナの家ってお金持ち?」
「うーん、世間一般的には標準より結構豊かって言えるかな? まあ、貴族のマーガレットにとっては泡沫みたいなものでしょうけど」
「そんなことは……」
マーガレットの語尾が萎む。暗い気持ちが大きくのしかかってきたのが自分でも分かった。