欲望の亡者、サーヴス②
「わたしの言っている意味が分かったでしょう?」
アルテナの問いかけにも、黙って首を上下させるだけだ。ショックが強すぎて、言葉が見つからない。
「これがリヴァーデン、欲望の街よ。此処に取り込まれた人間は、次第に自分の欲求をコントロールできなくなって最終的にはそれしか考えられなくなってしまう。今あそこに居る連中は、全員手遅れになった奴ら。人としての理性も品位も喪い、ただ欲望のままに我利を貪る化け物……いうなら、【サーヴス】ってところね」
「ど、どうして、こんなことに……!? 街に取り込まれたって、どういうこと……!?」
ようやく顔を上げ、マーガレットはアルテナと目を合わせた。
アルテナの表情はまったく動いていない。碧色の瞳に冷徹とも思える光を湛えて彼女は言った。
「この街自体、現実のものじゃないのよ。人智を超える力で、何者かが生み出したものなの。わたしはそれを突き止め、討ち滅ぼす為にこの地へやって来た。それが、わたしの仕事だから」
「現実じゃない? それに此処を創った奴を討つのが仕事って、アルテナは一体……?」
背中に仕舞った例の大鎌を手に取りつつ淡々と説明するアルテナを、マーガレットは呆然と見つめる。
「マーガレット、あなた歳はいくつ?」
「え? えっと、今年で17になるけど……」
「そう、わたしと同い年なのね」
アルテナも17歳だったのか。その事実を聴き僅かに肩の力が抜けアルテナに親近感を覚えるマーガレットだが、質問の意図が分からない。
アルテナはマーガレットの訝しげな視線に応えるようにひとつ頷くと、話を続けた。
「今からおよそ20年と少し前の話よ」
アルテナの眼差しが遠くを見るようなものに変わる。
「あるところに、魔女の怒りを買って呪いを掛けられた街があったの。人が心の内に隠している“闇”を増幅させて露わにする、恐ろしい呪い。その街の人々は、自分の“影”に心の闇を吸われて最終的には化け物になり、暴れ狂った果てに絶望の中で死んでいく定めを背負わされていたの。何年も、何十年も、そんな状態が続いたわ。けどある時、ひとりの街人とひとりの旅人が協力して呪いに終止符を打ち、長く続いた苦しみの時代を終わらせて街を救ったのよ」
「あ、それって知ってる。確か、前に読んだ本の内容がそんなだったと思うわ」
結構古い本だったので題名は忘れたが、当時の世間を賑わせたベストセラーだったと記憶している。実際、中々面白い内容だった。
「でも、あれってフィクションでしょ?」
あくまでもあれはエンターテインメント、いわゆる娯楽本の一種だった筈だ。魔女だの呪いだの、そんな荒唐無稽なものが実際にあってたまるものか。
しかし、アルテナは静かに首を振った。首の動きに合わせて、薄紫色の綺麗な髪がサラサラと流れる。
「すべて、実際にあったことよ」
「そんな、まさか」
笑って否定しようと思ったが、マーガレットは笑えなかった。今まさに、あの本のような荒唐無稽な現実が自分達の前に広がっているのだから。
「この世にはね、科学で説明がつかない不可思議な現象が確かに存在するの。心ある人々はそれを知っている。だから“影の街”に起きた出来事が解決して以降、同じような怪異が起きている場所を巡って浄化しようという声が上がった。そんな志を持った者達が集まって結成されたのが、わたしの所属するチーム、【イービル・イレイス】なの」