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欲望の亡者、サーヴス①

 ――この街の正体。

 それを聴いて、マーガレットは鳩尾にぐっとくるものを感じた。

 いよいよ、知りたかったことが分かる。


「やっと教えてくれる気になったの?」


「そうよ、まずは見てもらった方が早いわ。さあ」


 百聞は一見にしかず、というやつか。アルテナが何を見せようとしているのかは分からないが、十中八九それが恐ろしいものであることは想像に難くない。


「分かった、今行くわ」


 何を見せられても大丈夫なように、ぐっと心の構えを固めながらマーガレットはアルテナを追って階段を上った。

 二階もまた、一階と負けず劣らず殺風景な眺めだった。左右に伸びる廊下があり、突き当りには窓、壁には部屋へと続くドアが二つ付いているが、その他には何も無い。

 むしろバイオリンが置かれているだけ、一階の方がまだマシだろう。


「せめて花瓶でも置けば良いのに……」


「マーガレット、何してるの? ほら、この窓から外を見て」


 突き当りに辿り着いていたアルテナが、こっちに来るよう手招きする。どうやら見せたいものというのは外の光景らしい。


「一体何を……うわ!?」


 言われた通りに窓の外へ目をやったマーガレットだが、そこに広がる異様な光景に言葉を失う。


 この窓は街の目抜き通りに面しているようで、橙色の灯明にぼんやりと照らし出された広域の道路が眼下に広がっている。

 それだけなら見晴らしの良い景色と言えただろう。だが、そこを行き交うたくさんの黒い影が、通りの空気を物々しい不気味なものに変えていた。


 たくさんの黒い影とは、亡者だ。


 いや、正確には亡者ではなく人間である。だが生気が抜け、呆然とただフラフラと身体を左右に振りながら虚ろに歩き回る人々を形容するのに、それ以外の言葉が浮かばなかった。

 まるでさっき出会った、化け物となる前のあの男のようだ。


「あれが、この街の住民達よ」


 隣でアルテナが説明を始める。


「街に取り込まれ、その魔力に侵された者達の末路。ああして夜な夜な街に繰り出して、ひたすら己の欲望を貪ることだけを考える落伍者の成れの果て。さっきわたしが討ち取った、あの男のようにね」


「欲望を貪るって、どういうこと?」


「たとえば、ほらあれ」


 アルテナは目抜き通りの一点を指さした。

 そこはどうやら酒場らしかった。街灯と店内からの明かりによってテーブルとカウンター、それにその奥の棚に収められているワインボトルが何本が見える。

 そして、亡者達がそこへ群がっていく。


「ちょっと……何よ、あれ」


 マーガレットは思わず眉をひそめた。

 酒場になだれ込んだ亡者達は、我先にとカウンターを乗り越え棚へと手を伸ばし、無造作にワインボトルを抜き取って封を開けると、ボトルを逆さまにして中身を一気に飲み干していた。中には封を切るのももどかしいとボトルをテーブルに叩きつけ、真っ二つに割って中のワインを盛大にこぼす者もいる。それでもそんなことはまるで無頓着に、割れたボトルの端で顔が傷つくのも厭わずに、そこからワインをすすっているのだ。


 それだけなら、まだギリギリ“行儀が悪い”という表現で済ませられたかもしれない。

 棚にあるワインボトルの数には限りがある。酒場に押し寄せる亡者の数はそれよりも多い。自然、後から来た者はワインにありつくことが出来ない。

 しかし彼らは、あろうことかワインを手にした者からそれを奪い取ろうとしたのだ。


 当然ながら、ワインを手に入れた者達はそれを取られまいとする。醜い奪い合いが始まった。亡者達は互いに暴力を振るい、容赦のない攻撃を浴びせ合いながら己の求めるものを勝ち取らんとしている。

 酒場の中はたちまち大乱闘の戦場と化した。


 明らかに尋常ではない。彼らはワインを飲みたいという、自らの欲求を満たすことしか考えていないのだ。他のことなんて、端から目に入っていない。


「他にもあるわよ。あっちにこっちに、よりどりみどりね」


 アルテナの言う通り、同様の光景はそこかしこで広がっていた。

 食品、服飾、金銭……。奪い合っているものこそ様々だが、誰もが自分の欲望に身を任せるがままに争っている。あまりにも見るに絶えない浅ましい光景に、マーガレットは耐えきれず顔を背けた。

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