大鎌の少女、アルテナ⑤
「ッ!?」
化け物も、それからマーガレットも反射的にそちらを見る。無機質な壁の周りで埃が舞い、上に伸びるように尾を引いている。
ハッとなって化け物が頭を上に向ける。マーガレットの目に、その上で煌めく三日月のような閃光が映った。
声もなく、光の三日月が動く。天から地へ。化け物の身体を斜め下に通り過ぎ、消える。
化け物の動きが、止まった。時間さえ先に進むのを止めてしまったかのように静寂の一瞬が訪れ、しかしそれはすぐに解除される。
スタッ、と化け物の前に少女の姿が降りてくる。片膝を立てて地面に座り、大鎌の刃を地に這わせるように寝かせてその場から動かない。
マーガレットは、初めて少女の顔を正面から見た。目も、鼻も、唇も、すべてが精巧なパーツのように整った、美しい顔だった。それでいてどこかまだあどけなさの残る、自分と同い年くらいの美少女だ。
少女の背後で、化け物の身体がぐらりと揺らぐ。
「ち、く、しょう……! おれは、ちからを、てに……!」
絞り出すようにそれだけ言い遺し、身体を斜め真っ二つに両断された化け物は力無く地面に崩折れた。じわり、とその場に血溜まりが広がってゆく。
「せめて、安らかに眠りなさい」
斃れた化け物に、少女は振り向かず手向けの言葉を背中越しに投げかけた。
それからおもむろに立ち上がり、大鎌を大きく振って刃に付着した血を払う。
大きな碧色の眼が、マーガレットをじっと見ていた。
そこでようやく、マーガレットの心が現実に追い付いてくる。
「こ、殺した……!? その人、死んじゃったの……!?」
少女と化け物の戦いを見届けたマーガレットだが、あまりに現実離れしていた光景に頭が理解を拒み、状況に対する抑えがたい恐怖心のみがただただ膨れ上がる。
そんなマーガレットを、大鎌の少女は呆れたように見下ろした。
「助けられて最初に出てくる言葉がそれ? まあ良いけど、いつまでそうやって震えているつもり?」
腰を抜かして地面に座り込む自分に、少女がそっと手を差し伸べてきた。
「時間が無いわ。詳しい話は後、まずはわたしに付いてきて」
マーガレットはしばらくその手と少女の顔を交互に見比べていたが、少女の顔に自分への悪意は無いと信じて恐る恐るその手を取った。
途端に強い力で引っ張りあげられ、マーガレットは否応にも立ち上がらされた。
「わっ……!? ちょ、ちょっと!」
「文句も後。まずは移動するわよ」
マーガレットの抗議をさらりと流し、少女は反対の手に持った大鎌をくるりと回転させた。するとパタン、と刃が畳まれ柄も二つに折れて、あの物騒で威圧感たっぷりだった武器はたちまちコンパクトに収納される。
小型化した大鎌を背中に吊り下げると、少女はマーガレットの手を引いてどこぞへと歩き始めた。
「ま、待って! せめて名前! あなたの名前くらい教えてよ!」
半ば引きずられるようにしながら、マーガレットはそれでもどうにか少女に問うた。
薄紫色の髪がくるりと回転して、少女の整った顔立ちがこちらに向けられる。大きく綺麗な碧色の瞳に見つめられ、マーガレットは自分の心音が高鳴る音を聴いた。
「アルテナ」
「……へっ?」
「名前よ、今訊いたでしょ。アルテナ、それがわたしの名前。これで満足?」
「あ、ああうん! アルテナね! 覚えたわ! 私はマーガレット!」
「はいはい分かったから、とにかく今はきりきり歩いてよね、マーガレット」
アルテナと名乗った少女は面倒くさそうにすぐ前を向いてしまう。
それでも名前を聞けたことがマーガレットには嬉しく、ただそれだけでこの少女に感じていた恐怖心が薄れていくのを感じていた。