大鎌の少女、アルテナ④
「バカっ!?」
マーガレットは思わず叫んだ。
薄紫色の髪の少女は、よりにもよってあんな化け物と真っ向勝負しようというのか。とても信じられない。大鎌という武器があるとはいえ、あまりに体格差がありすぎる。
だが、両者の勢いは止まらない。マーガレットが叫んだ時にはもう、既にお互いが相手を間合いに捉えていた。
「死ね!」
化け物の巨大な腕が唸りを上げて少女に迫る。驚異的な速さだった。少なくとも、マーガレットには拳が瞬間的に前面に突き出されたようにしか見えず、動きの軌道さえ目で追えなかった。かろうじて、拳の先で巨大な爪が光を反射したのを視認できただけだ。とても、人間が反応できるものとは思われない。
だが驚いたことに、化け物の腕が突き出された先に、少女の姿は無かった。
「なに!? どこへ行った!?」
少女の姿を見失ったのは、化け物も同じらしい。一瞬の内に姿を晦ませた少女の行方を探して、化け物の頭が左右に揺れる。
そこへ、下から大鎌の刃が繰り出される。
「ぬうっ!?」
寸前で気配を察知し、かろうじて自分を屠らんとする狩人の攻撃を躱す化け物。首元に生えた黒い異形の毛を何本が刈り取っただけで、少女の手元へ引き戻される大鎌の刃。
「悪運だけは強いみたいね」
大鎌の柄を背中に回して不敵に構える少女は、まったく余裕を崩さずにそう言った。
「な、何が起こったの……?」
マーガレットは一部始終を目を離さず目撃していたが、一連の応酬があまりにも人間離れしているせいで頭の理解が追いつかない。
それでも、無理やり今のに説明を付けるならこうだ。
少女は化け物の腕が突き出される寸前に脚を折り、姿勢を極限まで低くかがめた。その動きがあまりにも無駄がなく、流れるようだったのでマーガレットにも化け物にも消えたように映った。
そして化け物が自分を見失ったと気付いたところで、その隙を衝こうと下段から跳ね上がるように大鎌の一撃を放ったのだ。
……と、あくまでも推測ではあるが、こう考えると辻褄が合う。
言葉にしてみるとなんてことはない。少女の動き方それ自体は、決して人間にはできないことではなかった。ただ、素人目にも分かるほど速度と練度が桁違いであり、それがマーガレットのみならず化け物の意識をも翻弄する結果に繋がったのだ。
「テメェ……! 舐めた真似しやがって!」
下がって距離を取った化け物が、白く濁った眼で少女を睨めつけながら憎々しげに吐き捨てる。
それに対し、少女は不敵な返事を返す。
「言ったでしょう、あなたみたいな小物を狩っても意味が無いと。虚勢だと思ったの? 相手の実力も見抜けなかった、自分の浅はかさを後悔なさい!」
言い終わると同時に、今度は少女の方から化け物へ突進した。いや、やはり動きは目で追えなかったが、その筈だ。
なぜなら一瞬後にはもう、少女は化け物の懐に入り込んでいたのだから。
「生意気なんだよ!」
さすがに、今度は化け物も対応してきた。下から迫る少女を迎え撃つべく、その鋭利に尖った爪を置いておくように突き出す。少女がそのまま勢いに身を任せていたら、間違いなくその爪の餌食となっていた。
だが、今度の予想もまた外れることになる。
「なにィ!?」
化け物の爪先が少女に触れようかというところで、まるで霞のように少女の姿が掻き消えた。目の前に居たのに、またしても見失ったことで化け物が動揺する。
その右方、赤煉瓦の建物辺りでタンッ! という壁を蹴る音が上がる。