臨時カウンセラーと五つの個性
新たな一歩を踏み出したマコが、施設での任務を始めることとなった。普段とは違う環境に少し緊張しつつも、彼はその新しい世界にどんな風に溶け込んでいくのだろうか。
楽屋から全員が出てきたのを確認したアガレスは「皆さん、おはようございます!」と挨拶をした。
「オーナー……せっかくババ抜き最弱王が決まりそうだったのに、何だっていうんすか」
不機嫌そうに尾を揺らしながらシャチのアニマヒューマノイドが文句を溢す。
「おや、随分楽しそうなことしてたんですね。後で私もまぜてください……じゃなくて、今日は臨時カウンセラーを紹介しに来たんです」
「臨時カウンセラー?」とその場にいた五人の声が重なった。
「そうです。ジャズくんの不調に伴い、腕の立つ精神科医を見つけてきたんですよ。それがこちらの――」
「六道マコくんです」とアガレスは言いながら、マコを自身の隣に立たせた。
皆がマコを興味津々に眺める中、「マコ!」とある一人が声を上げた。
「ジャズ、知り合いなの?」とオオカミのアニマヒューマノイドが尋ねる。
「この間メンタルクリニックに行ってきた話、しただろ? 彼とはそこで出会ったんだ」
「どうも、今日から暫くここの臨時カウンセラーとしてお邪魔します。マコです」
「マコくんはねぇ、皆さんが何を考えているのか見抜くことができる素晴らしい精神科医なんです! 困ったらすぐ彼に相談するように!」
五人は素直に頷いていた。その様子を、マコはさりげなく観察する。それぞれ考えていることこそ違うものの、誰も彼に対して疑念を抱いている者はいなかった。
「さ、皆さんも自己紹介をしてあげてください」
「はーい。誰からする? やっぱりリーダーのジャズから?」とホルスが提案をすると、ジャズ以外の三人はうんうんと頷いていた。
当の本人であるジャズは困惑していたが、場の空気に圧されたのか軽く咳払いをしてから話し始めた。
「初診の時に挨拶はしたが、改めて……ジャズ・ラズライトだ。音楽隊のリーダーを務めている」
「暫くよろしく頼むよ」とジャズはマコの手を取った。
ジャズが自己紹介を終えると、今度はホルスと呼ばれていたヒューマノイドが挨拶を始めた。
「さっきは従業員さんと勘違いして、ごめんなさい。僕はホルス・アイ! 見て分かるかもだけど、ワシのアニマヒューマノイドです」
「よろしく」
ホルスは爽やかな笑みを浮かべていた。孤高なイメージが強いワシだが……彼は良い意味で世俗慣れをしていると思いながら、マコは握手を交わす。
「ハクバ・ゴーシュです。音楽隊の他に、料理家もやってます」
「……料理好きの知り合いが、ハクバってヒトの本を絶賛してたんだけど……もしかして初心者向けに本とか出してたりする?」
マコの問いに、ハクバは嬉しそうに尾を揺らして「出してます!」と答えた。
「え〜……嬉しい、読んでくれてるヒトいるんだぁ」
「良かったっすね、ハクバさん」とシャチのヒューマノイドが口を挟んだ。
「あ、シャチのオルカ・ルクスっていいます。趣味はゲームとか泳ぐこと。どうぞよろしく」
オルカは緊張しているのか、ほぼ直角に近い角度でマコと握手を交わしていた。その様子を最後の一人であるオオカミのヒューマノイドがからかうように言う。
「そいつ結構タメ口聞いてくるから、嫌なら今のうちに言っといたほうが良いわよ。舎弟らしくて面白いから、そのままでもよさそうだけど」
「誰が舎弟だ!」
「ローズ・ガーネットよ。よろしくね」
ローズはオルカの文句を無視して、淡々とマコへ挨拶をした。五人それぞれ、個性が豊かなメンバーのようである。
「マコ……って言ってたわよね、あんた中々スタイル良いじゃない。モデルとか興味ない?」
「そういうのは遠慮してるかな……」
「残念」とローズは言った。近くにいたアガレスが囁く。
「音楽隊の紅一点であるローズくんは、モデルも兼任しているんです」
「ハクバの話を聞いてて思ったんですが、副業をしているヒトもいるんですね」
「えぇ。好きだと思ったことは何でもやりなさいと話したら、こうなりました」
オーナーが自由ならば、彼らも自由に娯楽を楽しんでいるのが窺える一言だった。
「オーナー、これで顔合わせは終わりってことでいいっすか。俺早いところババ抜き再開したいんすけど」
「ちょっとは我慢しなさいよ」
「いやいや、確かに顔合わせはこのくらいですよ。本当はこの後マコくんに施設を案内しようかと思いましたが……ババ抜きの話が楽しそうなので、ちょっと皆で遊び直しません?」
マコはアガレスを一瞥した。アガレス本人はというと、ピースをしながら「親睦会ということで」と呑気に言っている。
「……まぁいいですけど」
「決まりですね。最弱ではなく、最強を決めましょう。優勝者にはスペシャルなランチを私が奢っちゃいます」
「やったー‼」
和気藹々といった様子でオルカの部屋に移動する一同の背を、マコは微笑を浮かべながらゆっくりと追った。
……数時間後に親睦会と昼食、そして見学を終えたマコは、「カウンセリングルーム」と書かれた部屋に案内された。
「こちらがマコくん専用の職務室になります。部屋のカードと従業員証、渡しておきますね」
「どうも」
「勤務時間は、ご自身が経営されている病院の活動時間のままで結構です。そして宿泊施設ですが……」
アガレスは部屋の奥にある窓辺に近寄り、マコを手招いた。
「うちよりちょっと高いホテル、見えますかね? あちらで休まれてください。あそこも私が経営しているところなので、警戒も必要ありませんよ」
「手厚すぎませんかね、流石に」
面食らったマコは尋ねた。
しかし「まだまだ足りないくらいですよ!」と返すアガレスに、マコは若干の目眩を覚える。
「……キミと、キミのお姉さんには期待していますので」
アガレスは不敵な笑みを浮かべながら言った。
「……期待するのは姉だけにしておいてくれると、助かります」
「そう謙遜せずに。今日はお疲れ様でした、また明日からよろしく頼みますよ」
「では!」とアガレスは羽織っていたマントを翻し、部屋から去っていった。
「……」
部屋が静寂に包まれると同時に、マコはソファーに腰を下ろした。柔らかく、深く沈む感覚に心地よさを覚えた彼は、背もたれへと寄りかかる。
(ジャズたちの誰かにアベルが取り憑いているとか、そういう感じでもなかったな。三週間前に目撃されて以降、姿がないって話だったし……ここを拠点にしているだけの可能性もあるが……)
マコはキャリーバッグの中からパソコンを取り出し、机上に置いて電源を入れた。
「こればかりは明日から動いてみないと分からないな。ガーディ、メールを開いてくれ。姉さんに報告を入れておかないと」
「かしこまりました」
……暫くメールを打ち込んでいると、扉を数回ノックする音が聞こえた。マコは一旦手を止めると、パソコンの画面を閉じ、扉に向かった。
「はい」と扉を開けると、目の前にはジャズが立っていた。
「ジャズ……どうした?」
「その……マコと二人だけで話がしたくて」
「時間とかは大丈夫だろうか?」と尋ねてくるジャズに、マコは「問題ないよ」と彼を招き入れるのだった。