旅立ちの支度
人工知能――ガーディは問いかけた。「自分をどう認識しているのか」と。マコの答えは、単なるシステム設計者のそれではない。
感情とは何か。心とは何か。
そして新たな施設で、それを問う日々が始まろうとしていた。
翌朝……マミは一足先に朝食を済ませ、万事屋へと向かった。
先日アガレスから貰った名刺をケースから取り出し、端末を操作して彼へ電話をかける。数回のコール後に「おはようございます」と挨拶が聞こえた。
「おはようございます、アガレスさん。先日は名刺をどうも」
「あぁ、マミさんでしたか! 貴方からお電話が来たということは……」
「えぇ」とマミは頷き、続けざまに「ご依頼を正式に承ろうと思いまして」と話した。
「それはありがたい! 謝礼は弾ませていただきますよ」
「……今、お時間あられますか。今回の依頼を受けるにあたって、私の他にもう一人派遣させたい者がいまして」
「ほう?」とアガレスは興味津々といった様子で食いついた。
「お宅のヒューマノイドを診察した精神科医……実はうちの弟でして。事情は把握済みですし、本人も近くで診察を続けたいと考えているようで……暫く臨時カウンセラーとして雇用することなどは可能ですかね」
「全然問題ありませんよ。早速来ていただきたいところですが……準備もあるでしょうし、明後日私が直接迎えに行っても?」
マミはそれを聞きながら、近くに置いていたメモ帳に簡潔なメモを取った。
「ありがとうございます。弟にも確認を取り次第、本日中に折り返しをさせていただきますね」
「それでは」とマミは電話を切った。それと同時にメールを開き、マコに向けてメッセージを手早く打ち込み始める。
打ち込んだメッセージの全体を見直したマミは早速マコにメールを送信した。
「後は……」
マミは引き出しから白紙を一枚取り出し、筆を執って「暫く休業致します」と書いた。そしてそれを持ち出し、万事屋の玄関に貼り付ける。
マミは大きく息を吐き出した。
(実家に戻ると計画が狂いそうだし、暫くはここで生活するしかないな……)
「……食材調達しに行こう……」
そう言ってマミは地を蹴った。
「――マコ。新しいメールが届いていますよ」
聞き慣れない機械音声がパソコンの画面から聞こえてくる。画面にはモノクルをつけた湊鼠色の髪を持ったヘビの獣人……いやアニマヒューマノイドに近い者が写っていた。
マコはカルテを纏めていた手を止めた。
「教えてくれてありがとな、ガーディ」
ペンを一旦置き、パソコンの操作へと切り替えてメールを開くマコ。送り主はマミからのようだった。
――臨時カウンセラーの件、オーナーからぜひ来てほしいってさ。明後日迎えに来るそうだけど……大丈夫そう? 時間あるときでいいから返事よろしく。
「明後日か……」
マコは卓上カレンダーを見た。明後日の枠はちょうど休診日にしているため、何も問題なさそうだった。
(この後は患者を診ないといけないから、終わってから返そう)
そう考えたマコは一旦メールを閉じ、先程纏めていたカルテの患者を部屋に呼ぶため外に出た。
……昼時を告げる鐘の音が響く。マコは昼食を後回しにして、マミへの返信メッセージ打ち込んでいた。
「今日はもう午後から閉院だし、帰って準備を始めるから……オーナーさんには大丈夫ですと伝えて……っと」
マコはメッセージを書き上げると、早速送信した。
「昼飯食べたら帰るとして……ガーディ、紙のカルテを電子に変えれたりとかは出来るか?」
「写真などの資料さえあれば可能です」
「そうか。それならちょっと待っててくれ」
マコは席を離れ、ファイルだらけの棚から一冊のファイルを取り出し、端末で写真を撮った。
「この写真に載ってる患者の情報をデータ化してくれ」とマコは写真をパソコンに転送した。
「かしこまりました」
ガーディは手早くデータを解析し、「ジャズ」と書かれたフォルダーを完成させる。
「念の為パスワードを設計しますか? お節介でなければ私独自でパスワードを考えますが」
「そのほうが安全かもしれないな。頼むよ」
それを聞いたガーディは画面の中で頭を下げた。
「……設定が完了しました」
「ありがとう」とマコが礼を述べると、ガーディは不思議そうに首を傾げる。
「……マコは私をどういうものと認識しているのですか?」
「どういうもの?」
「はい。私は、自分を造られた人工知能と認識していますが……マコは私をそう認識していないように感じられるのです」
マコはそれを聞いて、「ガーディ」と彼の名前を呼んだ。
「確かにキミは俺が開発した人工知能だ。それもある仕事のために……でもそれだけじゃない。俺や姉さんのサポートをしてほしくて開発もしたんだ」
「キミはただの人工知能じゃない。サポーターでもあるんだ」
「サポーター……」
言葉を繰り返すガーディ。彼は胸元を押さえ「不思議と悪い気はしません」とマコに返した。
「……俺が前に診た患者も、感情がどういうものなのか分かってなかったよ。でも……いろんなことを経験して、すっかり表情豊かになった」
マコはそっと画面に手を添えた。
「キミも……感情が何なのか理解してくれることを、切に願うよ」
「……」
「……家に戻ろうか。準備もしないといけないし」
夕刻前……。屋敷に戻ってきたマコは、キャリーバッグに荷物を詰め始めていた。
「マコ、またメールが届いていますよ。マミからのようですが……読み上げましょうか?」
「頼む」
「分かりました。『連絡ありがとう。オーナーと連絡を取ったけど、診察に必要な道具だけ揃えてもらえれば、部屋などは施設側で用意するそうよ。宿泊施設も提供します……だって』……だそうです」
それを聞いてマコはキャリーバッグの中身を今一度確認した。そしてポツリと独り言を漏らす。
「足りないかな……? まぁ、いざとなったらうちの境界を繋げば問題ないか」
キャリーバッグのファスナーを閉める。準備はとりあえず整った。後はその時が来るのを待つだけであった。
未知の施設――ファンタイムプレックス。マコの胸には精神科医としての責務の他、不思議な予感が同時に灯っていた……。




