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グリッチナイト、そして邂逅

 アミューズメント施設『ファンタイムプレックス』で突如発生した“グリッチ”。

 その裏で、大切な弟の安否を案じ、一人戦う女性と兄を探してその場所へと忍び込んだ、一人の少女がいた。

 それぞれの思いを胸に、闇夜を歩く者たちの運命は、いかに交錯するのか──。

「マミ……じゃなかった、リン。起きてください、リン!」

 ガーディの声を聞いて、リンは慌てて身体を起こした。窓から差し込む陽光は、朝日というより昼の輝きであった。

「……やらかした……」

 昼以降に出社してこいと言われたが、流石に眠りすぎだと自身を責めるリン。彼女の傍らでは、ガーディが端末の中から叫んでいた。

「ガーディ、どうしたのよ。アラーム設定しなかったのは私のせいだから、貴方が気にすることは何も――」

「そうではなく! 先程、ファンタイムプレックスにてショーが始まったのですが……私の出力ミスで、ジャズを強制シャットダウンさせてしまったのです!」

「……えっ?」

 何度も謝っていたガーディだが、リンには何も分からない。彼女はガーディを諭し、状況の説明を求めた。

「その……ショーの途中で、ジャズのプログラム内に不審なアクセスを検知しました。ですがショーを止めるわけにもいきませんし、何とか出来ないかと試みたのですが……」

「アクセスを弾いたはいいけど、強すぎてジャズ本人が耐えられなかったと……」

 早速勘が当たってしまったな……とリンは視線を窓から見えるファンタイムプレックスへと移した。

「……まぁ、客とジャズ本人には悪いけど……ハッキングを防いだのは立派なことよ、ガーディ」

「しかし……」

 リンはベッドから降り、身支度を整えながら続けた。

「貴方はサポーターの他に、グリッチバスターという役目を持っているのを忘れちゃった? 貴方は立派に役目を果たしたのよ。誇りなさいな」

 リンはガーディに笑いかけた。

「でも……ジャズ本人に謝りに行きましょうか。それと結界の完成も急がないとね」

 リンは仕事道具を身に着け、さっさと部屋を後にした。


 職場に入るとすぐに同僚たちがリンを見ては状況を話にやって来る。ガーディから話を聞いていた彼女は同じ内容に内心うんざりしながらも反応を返していた。

「今ジャズの容態はどうなっているんです?」

「スリープ状態だな。異常は検知されなかったんだが……」

「一応私の方でも確認させてください」

 リンは頭を下げて頼んだ。同僚は「お前が来たら、すぐに楽屋に行くよう伝えろってオーナーから伝言もらってる」と返して彼女の背を押した。

 リンは駆け足で階段を降り、ジャズの居る楽屋へと一直線に向かった。

 正面からより裏口側から回ろうと考えたリンは、廊下の角を曲がった。その瞬間である。

「うっ……⁉」

 鈍い衝撃でリンの身体が揺れた。誰かと肩がぶつかったのだ。

「ごめんなさい、大丈夫ですか――……ってリンさん!」

「ホルスくん……」

「ケガしてませんか?」とリンを気遣うホルス。彼女は「大丈夫」とだけ返した。

「ごめんなさいね、ちょっと急いでて」

「いやいや僕の方こそ……」

 ホルスの傍らにはスーツケースが置かれていた。それに気づいたリンが「ショー以外の仕事、入ってたっけ?」と尋ねる。

「ファッション誌の撮影が……ホントは明日だったんですけど、繰り上げになっちゃって」

「そうなの……気をつけていってらっしゃいね」

 ホルスの横を通り抜けようとしたリンだったが、彼に呼び止められ、一旦止まった。

「ジャズのこと診に行くんですよね! あいつのこと、頼みます!」

「……えぇ、任せてちょうだい」


 ……ジャズの楽屋に着いたリンは、裏口の扉を数回叩いてから部屋へと入った。

「……」

 リンはベッドで眠るジャズへと近づいた。そして彼の耳元のヘッドフォンのコードをそっと引き、片手で境界を開いてノートパソコンを取り出してはそれを繋いだ。

「ガーディ、今日のセキュリティチェック項目を出して」

「こちらになります。十一時頃、外部からのアクセスを検知しました」

「これの後、貴方はセキュリティ保護の行動を取ってジャズの意識を強制的にシャットダウンさせたと……」

 リンはコードの解析をガーディに頼んだ。彼はすぐ行動に移る。

「……完了しました。こちらが今回のコードと、それに類似したものです」

 パソコンの画面に表示された結果を見て、リンは瞳を鋭くさせた。

(報告書にあったアベルのハッキングコード……不正アクセスを試みたのはアベルで間違いなさそうだけど――……)

 何故ジャズにアクセスを試みたのだろうかと、リンの頭に新たな疑問が浮上した。これまで昏睡に陥った者たちは全て、魔力を有していた者ばかりだったからだ。

(ジャズを初めて見たとき、魔力があるように思えなかった……それに、アベルの技量からして自分の身体を造ることは容易なはず……)

 暫く考えたリンだったが……結局何も分からず、その疑問を頭の片隅へと置いた。

「不正アクセスがあったことを踏まえると……他の皆も危ういわね。ガーディ、対応できそう?」

「……私のことをインストールしていただければ可能ですが」

「……ちょっと待って、もう一回言ってくれる?」

 ガーディは先程自分が言った言葉を繰り返した。それを聞いたリンが叫ぶ。

「貴方ジャズ以外の対応してなかったの⁉」

「異常を聞いたのは彼だけでしたので……」

 リンは「嘘でしょう……」と思わず頭を抱えて呻いた。

「……申し訳ありません」

「……しょうがないわよ……とりあえず、他の皆にも貴方をインストールさせてから結界の作業に入りましょうか……」

「……おや?」と突然ガーディが声を上げた。それにリンが「何?」と彼に尋ねる。

「リン。今確認をしましたが……ショー直後に、全員がメンテナンスをされたログがありますよ?」

「えっ?」

 リンは急いで画面を確認した。

「本当だ……誰がやったのかしら? いつもなら誰かしらの名前も記録されているのに」

 ショーの騒動で記録し損ねたのだろうか……とリンは推察した。しかしメンテナンスをされているのなら、自分にやれることは今のところない。そう思った彼女は、接続を解除し始めた。

「よろしいのですか?」

「……まぁ。それに……ジャズも起きる様子ないし……また何時間後かに会いに来てみましょう」


 ――午後十一時前。すっかり静まったファンタイムプレックス内で作業を続けていたリンのもとに、一人、声をかけてくる者がいた。

「リン、お疲れ様」

「……ユリさん、お疲れ様です」

「残業? 精が出るわねぇ。そんな貴方に、ちょっとお願いごとをしてもいいかしら?」

「……何です?」とリンはやや警戒しつつ、ユリへ尋ねた。

「どうもね、もうすぐ閉店時間なのにお客が一人、店に残っちゃってるみたいなのよ。他の皆にも頼んだんだけど……見つけたら連絡してくれないかしら」

「はぁ……」

 今日はトラブルで店を早めに閉めたはずなのに、随分と物好きな客がいたものである。そうリンは思った。

「忙しいだろうに、ごめんなさいね。よろしくね」

 ユリはそう言って巡回へと戻っていった。

「……一応、捜すだけ捜してみましょうか」

 ……それから三十分程が経った頃。リンが従業員専用のトンネル内を歩いていると、階下にある休憩ブース付近で誰かの足音がした。

「……?」

 もしや居残っているという客だろうか。そう思ったリンは階段を降り始める。

「誰か居るの……って――ジャズ?」

「リン!」

 いつ起きたのか、そうリンは尋ねようとしたが、咄嗟にその問いを飲み込んだ。

「……他のメカニックから聞いたよ、ショーの途中で倒れたって」

 もう動き回っていいのかと尋ねれば、「平気だ」とハッキリした答えが返ってきた。

「心配してくれてありがとう。キミこそ無理はしないでほしい……私たちのメンテの他にも仕事をしているんだろう?」

「まぁね」とリンは苦笑交じりに答えた。

「そうだ……あまり動き回るのはオススメしないよ。バッテリーが省エネモードに切り替えてあるみたいだから」

「あぁ」

「それと、警備員のユリさんから伝言」とリンは人差し指を立てて言った。

「もうすぐ閉店時間だっていうのに、どうも客がまだ残っているらしい。見つけたら連絡してほしいってさ」

 それを聞いてジャズは僅かに動揺したのか、彼の後方にあるカーテンの方に視線が動いていた。

 まるで何かを隠しているように感じ、「……どうかした?」と尋ねてみるも、ジャズは「何でもない」とやや強い語気で言ってきた。

「そう……? あぁそれと、他のメンバーも捜索に当たってるみたい。だから貴方はくれぐれも無茶しないようにね」

「それじゃあ」

 リンは軽く手を振って休憩ブースを後にした。

「……」

 そしてリンは周囲にヒトがいないことを確認し、アガレスから貰った鍵を近くにあった扉へと差し込んで、未完成の結界の中へと入り込んだ。


 ――結界を張る作業を続けて、何時間が経過しただろうか。気になったリンは、ふと端末の画面を点けた。

「午前二時ちょっと……一旦表に戻って休憩しましょうか」

「……リン。表の方で()()()()()()()()の姿が」

「それってもしかして、居残ってるって騒がれてた客のこと? まだ帰ってなかったのね……」

 余程帰りたくないのか、帰るに帰れない理由があるのか。こんな時間まで残っているということが頭に引っかかったリンは、一度理由を聞いてみようと考えた。

「そのヒトがいる場所は?」

「エントランスの……ロビー付近ですね。()()()()()()()()()のか、走っていますが……近くに別の反応もあります」

「……とりあえず行ってみましょうか」

 リンは扉を開け、表世界のエントランスへと出た。階下にあるロビーを見れば、ガーディの言う通り、誰かがアニマヒューマノイド……ではなく、その骨格体に追いかけられている。

「……⁉」

 リンは目を凝らして、追いかけられている者の姿を見た。

「――マサ⁉」

 残っている客というのは妹だったのか。そもそも何故ここにいるのか。リン……いや、マミは焦燥に駆られた。

(とにかくあの子を安全な場所に連れて行かないと……!)

 近くにはエレベーターがある。リンは持ち前の身体能力で階段を軽々と飛び降り、マサの近くへと駆け寄った。

「マサ!」

 リンはマサの手に触れた……が「触らないで!」と振り払われてしまう。

 見ればマサは目元を押さえていた。彼女の瞳からはポロポロと涙が溢れている。リンは背後から迫る骨格体を見て、すぐに状況を把握した。

(この子はマコみたいに心は読めないけど、()()()()が視える。恐らくあの骨格体の悪意を感じ取って、痛みを感じているんだ……!)

 リンは「落ち着いて」とマサに声をかけた。そしてもう一度手に触れ、声をかけ続ける。

「よく聞いて、私は警備員じゃない。今からあんたを抱えてエレベーターまで突っ切る」

「目は無理に開けないでいいから」そうリンは言うと、マサに触れると一言断ってから、彼女を抱きかかえた。

 地を蹴り、階段を飛ばし飛ばしで駆け上がるリン。

「ガーディ、エレベーターの扉を開けて!」

 その一言で開かれたエレベーターに駆け込み、リンはマサを下ろして「閉」のボタンを押した。

「……大丈夫?」

「ありがとう……ございます……」とマサはお礼を言いながら目を擦っていた。

「こら、擦ったら余計痛いわよ。ほら、私のハンカチ使っていいから」

 リンは懐からハンカチを取り出し、それをマサへと手渡す。

 目元を拭うマサに、リンはある話題を出し始めた。

「店に残ってる客っていうのは、あんたのことね」

「っ……はい……」

「……怒ったり、警備員に連絡とかしないから、理由を教えてくれないかしら」

 マサは漸く目を開けたものの、口を開こうとしなかった。

(やっぱり怒られる……とか思ってるのかしら)

 今、自分は怒りを抱いてなどいない。一人で暗い場所を嫌うマサが、どうしてここにいるのか気になってしょうがなかったのだ。

「――お兄ちゃんを……」

「!」

「お兄ちゃんを、捜しに来たんです」

「マコを?」とは言えなかった。リンは一呼吸置いて、「……お兄さんを?」と他人のフリを貫き通す。

「ここの臨時カウンセラーとして働いてるって、聞いてたんです。毎日メールのやり取りもしてたのに、急に途絶えちゃって……」

「ホントはお姉ちゃんに相談しようと思ったんだけど……仕事で忙しいのか、全然会えなくて……!」

 マサはリンから貰ったハンカチを握り、再び涙を流し始めた。

「僕っ、お兄ちゃんに……何かあったんじゃないかって、心配になって……!」

「……」

 リンは泣き続けるマサの頭に手を添え、軽く撫でた。そしてボソリと独り言を漏らす。

「……あんたは優しいからねぇ……」

「っえ……?」

「何でもない。事情も分かったし……私もお兄さんを捜すの、手伝ってあげるよ」

「いいんですか……?」とマサは顔を上げた。それにリンは「もちろん」と笑いかける。

「ありがとうございます……!」

 マサがお礼を述べたと同時に、彼女の耳に付いていたインカムから声が聞こえてきた。

「――マサ? 大丈夫か?」

「ジャズ!」

 マサは顔を輝かせ、自身の現状をジャズへ話し始めていた。

「そうか……今はリンと一緒にいるんだな。安心したよ」

「ごめんね、心配かけて。ジャズは今どこにいるの?」

「私は今……二階のローズ・ブティックにいるんだが……ちょっと、動けなくなってだな……」

「そうなの⁉」と声を上げるマサ。どうやらジャズの現状はよろしくないらしい。

「可能なら、こっちに来てもらえないだろうか……」

「全然いいよ、待ってて!」

 マサは通信を終え、リンを見ては「えっと……」と何か言いたげな様子で彼女を見た。

「……あぁ、私は護道リン。気軽にリンって呼んで」

「僕は六道マサです。リンさん、良かったら一緒にローズ・ブティック? って所に行ってくれませんか?」

「いいよ。二階のエリアだね」

 リンはエレベーターのボタンを操作した。エレベーターが動いている間も、マサは「ジャズ、大丈夫かなぁ……」とジャズを気遣っているようだった。

「……そろそろ着くよ。多分警備スタッフも多いだろうから、慎重に行こうか」

「はい!」

 元気よく返事をしたマサだが、慌てて口元を押さえていた。声の大きさでスタッフに気づかれると思ったのだろう。リンはそんな彼女を見て、思わず笑った。

 リンは一足先にエレベーターから出て、手を差し出した。

「さ、行こう」

 マサは頷き、リンの手を取った。リンはというと、彼女に気取られることがないよう、少しだけ手を強く握り、薄闇の中を歩き始めるのだった。

 これにて『グリッチナイトパレード‐前夜祭‐』シリーズは閉幕。続きは『グリッチナイトパレード』をお楽しみください。

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