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静かなる舞台裏

 ファンタイムプレックスはイベント目前で大忙し。メンテナンスルームはまるで戦場のような賑わいだった。新人スタッフのリンはその中に溶け込み、仕事をこなしていた。

 だが──笑顔の裏で、彼女の瞳は冷静に“異物”を見つめていた。

「チケット整理のスタッフ整備は⁉」

「そっちは終わりましたけど、ペンライトとか小道具が全然出来てません!」

 ……メカニックたちの活動拠点であるメンテナンスルームは、殺伐とした空気を醸し出していた。

「皆さーん、お疲れ様です! 一旦休憩してはいかがですか? 差し入れ持ってきましたよ〜!」

「お疲れ様で〜す」と疲れ切ったスタッフたちの声が部屋に響き渡る。アガレスはそれを聞いて「満身創痍ですねぇ」と引きつった笑みを浮かべていた。

「リンさんは休憩後から皆さんと仕事を始められてください。まずは差し入れを皆さんに渡してあげるところから」

「分かりました」

 リンは「お疲れ様です」と挨拶をしながら、近くにいた者にお茶と弁当を渡し始めた。見慣れない彼女の姿に、スタッフは「新人さん?」と尋ねる。

「今日から同じメカニックとして働く、護道リンです。よろしくお願いします」

「よろしく。いやぁ、ヒト手が増えるのはありがたいなぁ」

 リンは何度も挨拶をしながら、差し入れを配り回った。

「どうぞ」

「ありがとさん、ちょっと……どっか空いてる所にでも置いていてくれ」

 スタッフは作業の手を止めずに言った。それを見たリンは手伝おうかと提案する。

「いやいや、どうせペンライトの電池入れる単純なもんだから。もうすぐ終わるから気にしなくてもいいよ」

「……正直、山が減っているようには見えませんよ」

 リンはペンライトと電池を取り、「電池をいれるだけで良いんですよね」と確認を取ってから手際良く作業を始めた。

「あ、おい……」

「今のうちに休憩されてください」

 それだけ告げるとリンは黙々と作業を始めた。……万事屋の所長を務める彼女にとって、単純作業などお手の物のようであって、ものの数分で作業は完了した。

「他に何か手伝うことなどありますか?」

「と、特別は……あ、でもよければなんだが……上の階でやってるパフォーマンスの確認とか――」

「分かりました。何階ですか」

「三階だ、よろしく頼むよ」

 リンは言葉の代わりに頭を下げると、さっさとメンテナンスルームを後にした。

「ああっ、ちょっとリンさん待ってくださいよ!」とアガレスは叫んで彼女を追った。


 エレベーターを介して地下から三階へと上がる。到着してすぐに扉が開くと、盛大な音楽が耳を刺激した。

「お……やってますねぇ」

「えらくテクニカル? とかいう感じですね……」

「試行錯誤した結果、これが一番良いかと感じまして」

 確かにそうだと言わんばかりにリンは頷いていた。

「あっ、オーナーじゃないですか!」

「ハクバくん、お疲れ様です。どうですか調子は?」

 ハクバはステージ中心の方を僅かに見てアガレスに囁く。

「……やっぱり……っていうのもよくないとは思うんですけど、ジャズがから元気というか、上の空というか……」

「フム……」とアガレスは顎に手を置いた。その隙にリンは彼の脇を抜け、ジャズへと近づき始めた。

「リンさん?」


「……」

「水分補給でもどう?」

 リンはエナジードリンクをジャズへと差し出した。

「あぁ、ありがとう。えっと……」

「護道リン。今日からメカニックとして配属されたの、よろしく」淡々とリンは挨拶を述べた。

「……元気ないね。緊張してる?」

「そう……かもしれないな。いつも相談に乗ってくれていたカウンセラーが、突然行方不明になってしまって……悩みを誰に相談したらいいのか――」

「分からなくなってしまって……」とジャズは目線を落とした。

「……そのカウンセラーのこと、心配してるんだ」

 リンの言葉に、ジャズはただこくりと頷くだけであった。それに彼女は「ありがとうね」と小さく独り言を漏らす。

「……? すまない、何か言ったか?」

「ううん、何でもない。他の皆にもドリンクを渡しに行こうと思うから、私はこれで」

「ジャズ」とリンは彼の名を呼び、少しだけ背伸びをして、そっと囁いた。

「大丈夫。マコのことなら必ず見つけるから、貴方はショーのことに集中しな」

「えっ――」

 ジャズが聞き返すよりも早く、リンはさっさと別の輪に溶け込むように踵を返していった。

「――ジャズくん」

「オーナー……」

 アガレスはジャズの肩に手を添え、言った。

「大丈夫ですよ。彼女の言うように、マコくんは必ず見つかります……彼女に解決できないことなど、ないのですから。安心なさい、ね?」

「……はい……」


 ひたすら各スタッフへ差し入れを持ち込みを続けて数時間。気づけば日は暮れ、少々疲労を感じたリンは、余った差し入れをつまんで疲労を癒やしていた。

(この後は結界を作り始めるとして……平行作業でマコの捜索……ここは広いから、下手すると数日かかるな)

 思考を練っているリンの頭上から「――あら? 見慣れない顔ね」と声が降ってくる。

 リンはゆっくりと顔を上げ、立ち上がった。

「もしかして新人さん? 私ユリっていうの、よろしくね」

「……リンといいます、どうぞよろしく」

 握手の代わりにリンは頭を下げた。「握手したいのは山々なんですが……生憎先程まで機械弄りをしていたものでして」と彼女は()をついた。

「……そうなの? 残念ねぇ。それじゃあまた別の機会にでも」

 ユリはそれ以上踏み込むことなく、「お疲れさま〜」と挨拶をして、巡回を始めていった。そんな彼女の背を見て、リンは吐き捨てるように呟く。

「……誰の身体だと思っているんだか」

 リンの怒りに応えるように、周囲に微量な火の粉が散る。それに気づいたアガレスは慌てて「ちょっ、マミさん!」と小声で彼女を本名で呼んだ。

「どうしちゃったんです、急に火の粉なんて散らして!」

「……すみません、少し……取り乱しました。知人の振る舞いが、あまりにも違和感しかなかったので」

「……それは、まさか――」

「ここでその話題は止しましょう。とりあえず、私は今から結界を作り始めます。何かあったら電話してください」

 リンはポケットから黒い手袋を取り出し、気合を入れるようにそれを装着し始めた。

「リンさん……私も手伝うと言ったでしょう」

「……そういえばそうでしたね」

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