境界を開く者
──マコの消息が途絶えて三日。静かな焦燥を胸に秘めながら、マミはついに決意する。
「……」
数週間ほど万事屋で生活を送っていたマミは、険しい表情で自身の端末を眺めていた。
(マコからの連絡が来なくなって三日目……初日は見送ったけど――)
「何かあったわね、確実に。そうでしょう? ガーディ」
「申し訳ありません……」
マミの端末の中で、ガーディは深々と頭を下げて謝った。
「別に謝ってほしいわけじゃないのよ。それに貴方を責めてるわけでもない」
「そうだとしても――」
「むしろここからが正念場なのよ」
そう言うとマミは電話をかけ始めた。数回のコールを経て、「もしもし?」とアガレスの声が聞こえてくる。
「おはようございます、アガレスさん」
「マミさん! ちょうど良かった、実はですね――」
「――うちの弟が行方不明になったんでしょう」
マミの声には、明確な怒気が孕まれていた。それに気圧されたアガレスが「えぇ……」とたじろぐ。
「しかしですね、荷物などが残っているんですよ。監視カメラの映像も確認しましたが、不審な点もない……まるで神隠しにでも遭ったような感じなんです」
「神隠し……」マミは言葉を繰り返しつつ、拳を強く握った。
「――アガレスさん」
「はい」
「私を、そちらで雇っていただけませんか」
突然の頼みに、電話の向こうで「えぇ⁉」と悲鳴が上がった。
「犯人は今もファンタイムプレックスに潜んで、計画を進めているはず……そこをスタッフとして潜入した私が叩き潰します。お望みであれば、二度と犯人が立ち入ることができないように、結界も施しましょう」
それを聞いてアガレスの声色が変わった。
「それはありがたいですが――全て一人でこなすおつもりで?」
「そのつもりですが?」
アガレスは一息ついて言った。
「流石に無茶でしょう……マコくんが行方不明になっているのを踏まえると、貴方への心身の負担が大きすぎる。結界作りは私にも手伝わせてください」
「ですが……」
「サポートは全力でさせていただきますよ。これは契約ですので悪しからず。支度はどの程度で済みますか? 迎えに行きますので」
「いえ……」とマミは間髪入れず、言った。
「十五分後に、直接貴方の元へ伺います」
それだけ告げるとマミは電話を一方的に切った。そして足早に資料保管室へと向かい、一冊の本を取って、今度は洗面所へと向かった。
「……よし」
マミは自身の髪に手を添え、梳かすようになぞっていく。すると彼女の髪はたちまち黒く染まっていき、編み込んだ部分だけが赤毛の名残を出していた。
「髪の形は顔を整えてからにして……」
今度は呪文を唱えるように呟きながら、マミは目を瞑って自身の手に赫灼を灯し、それを――顔に押しつけた。燃えるような光が顔を覆うが、熱を感じることはない。それは彼女の魔力が形になったものだからだ。
……目を開けたマミは、赫灼の灯った手を鏡に添えて「これでよし」と言葉を漏らし、すぐさま境界を開いた。
アガレスが自身の執務室をウロウロ彷徨っていると、突然彼の目の前に裂け目のようなものが現れた。暫く黙ってそれを眺めていると、中から女がぬるりと姿を出す。
「……マミさん、ですか……?」
「えぇ……ですが、暫くは護道リンと名乗らせてください」
アガレスはマミ……いや、リンの全貌をまじまじと観察した。そして「大胆に変身しましたねぇ……」と感想を述べる。
「陽炎を用いて誤魔化してるだけですよ」
マミは謙遜した。
「そうだとしても……顔の傷があるとないで、大分印象変わってますよ……これだと犯人に、六道マミとして気づかれないのでは?」
「だといいのですが……それより、私の配属先は?」
「ちょっとワーカーホリックすぎませんか? まぁいいですけど……えー、リンさんには、メカニックチームに入ってもらいます。ジャズくんたちの護衛と、結界の設定……これが貴方の仕事です」
「そして……こちらが仕事道具です」とアガレスは制服などをリンへ提供した。さらに彼は「貴方には必要ないかもしれませんが……」と言いながら、懐を探る。
「あったあった。こちらを一応どうぞ」
制服の隣に差し出された物を、リンは摘み上げた。
「……鍵?」
「それを施設の扉に差し込めば、裏側に行けます。裏側というのは……同じ場所の、別次元の空間とでも言っておきましょうか」
「紛失はしないでくださいね」とアガレスは念を押した。
「分かりました」とリンは返し、鍵をネックレスのように首へと掛けた。
「よし、早速メカニックたちの所へ行きましょう! バースデーライブまであと二日しか猶予が無いから、大忙しなんです!」
「はぁ……」
リンはアガレスの後をついて行きながら、「ガーディ」と小声でサポーターの名前を呼んだ。
「この仕事は必ず成功させましょう。それには貴方の力が必要不可欠だわ。サポート、よろしくね」
「……承知しました」