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潜む脅威と芽生え

 マコがファンタイムプレックスに潜入してから一週間。

 マミから送られたデータを分析する傍らで、彼の頭にアベルは現在「夢を操る妖怪」を器にしているのではないかという疑念が浮かぶ。

 そんな最中、静かな日常を揺るがすように現れたのは、一人の警備スタッフ──懐かしく、そして決して忘れられない声を持つ女性だった。

 ――ファンタイムプレックスに潜入をして一週間程……マコはパソコンの画面に表示された表を眺めていた。

(姉さんに頼んで、昏睡事件の被害者リストを送ってもらったが……夢を操るあの妖怪も含まれてる……となると――)

「今のアベルはそいつを器にしてる可能性が高いってことか……」

 マコは背もたれに背を深く預け、天井を仰いだ。

(恐らく……手を繋がなくても、俺の力なら見抜くことは出来るはず。不安なのは、俺があいつの器として利用されないかだ)

 そうなった場合、計画が全て破綻してしまう。……そもそも、一週間程経過したというのに音沙汰がない時点で不気味ではあるが。

 マコが思考を巡らせていると、扉を叩く音が聞こえたので、彼は「どうぞ」と入室の許可を出した。

「マコ、今いいだろうか?」

「ジャズ。どうした?」

「ガーディの導入から結構経っただろう? ログも溜まったし、見てほしくて」

 そう話すジャズを見て、マコは彼を部屋に招き入れた。いつものようにカルテを用意し、飲み物はどうかと尋ねる。

「コーヒーをお願いしてもいいだろうか」

「いいよ、ちょっと待っててくれ」

 慣れた手つきでマコはコーヒーカップなどを用意し始めた。それを見たジャズが「すっかりここのコーヒーを飲むのが常連になってしまったよ」と冗談交じりに言い、彼は笑って「そうだな」と返した。

 マコはいつものようにスティックシュガーを添えたコーヒーをジャズに差し出した。

「ありがとう」

「最近どう?」とマコは早速尋ねる。

「忙しさはあるが……ガーディを入れたからか、深夜に楽屋から出て動き回るのは減ったよ。眠れてもいる」

 それを聞いてマコは胸を撫で下ろした。

「そいつは良かった。俺も頑張って開発した甲斐があったよ」

「……以前診た患者とは違ったのか?」

「あー……まぁ、そうだな。ちょっと特殊な子だったんだ。その時は他の専門家にも手伝ってもらったけど……俺一人で対処するなら、種族に見合った治療法を試さないといけないかもって思って」

「うまく行ってるみたいで安心した」とマコは微笑を浮かべながら独り言を漏らした。その時である。

 扉がノックされてすぐに開く。「あっ、いたいた」と言いながらローズが顔を覗かせてきたのだ。

「ローズ、どうしたんだ?」

「オーナーにあんたとマコを呼んでこいって頼まれたのよ。何か一人スタッフが増えるらしいから、顔合わせって」

 マコとジャズの二人は互いの顔を見た。

「見つめ合わなくていいから早く!」

「わ……分かった」


 ……エントランスに向かうと、アガレスとホルスたちアニマヒューマノイドや各エリアのスタッフの他、警備帽を被った金髪の女性が立っているのが見えた。

「あぁ来た来た。すみませんね、お待たせしてしまって」

「――いえ……むしろ全員集めていただいて感謝していますわ。これなら一度で挨拶が済みますもの」

 柔らかな女性の声に、マコはピタリと足を止めた。

「……マコ?」

 近くにいたジャズが小さく声をかけるも、マコは動揺して返事ができなかった。

「皆さん、今日から夜間の警備スタッフとして新たな仲間が加わります――」

 女性はアガレスの隣に立ち、一礼をしてから挨拶を始めた。

「ユリ・ライアと言います。今日から夜間警備のスタッフとしてよろしくお願いしますわ」

 ユリは軽く微笑んだ。それを見てマコはヒュッと微かに喉を鳴らす。

(間違いない……いや間違いようがない! あのヒトは……御婆様‼)

 何故名を欺いてまでここに? アベルがいつ、どこで器を求めているのかも分からないというのに! マコの頭は疑問でいっぱいだった。

 ユリはマコに気づいたのか、ひらひらと優雅に手を振っていた。それを合図に周囲の視線が彼へと向く。

「マコさんの知り合いっすか?」

「ッ……」

 何を考えているのかとマコはユリの目を見たが、相変わらず彼女の思考は読めない。困惑した彼は言葉の代わりに控えめに手を振って返した。

「お知り合いで?」

「えぇ、まぁ」とだけユリは答える。

「そうですか。まぁその辺は詮索しないとして……本日も沢山のお客様が来ることでしょう。くれぐれも安全と笑顔を忘れず――……」

 アガレスはいつものように開業前の挨拶を始めていたが、それが今日のマコの耳に入ってくることはなかった……。


 ……顔合わせと開業前の会合も終わり、マコはジャズと別れてカウンセリングルームへ戻ろうとしていた。

「マコ」

 名前を呼ばれた彼は歩みを止め、一応振り返った。

「……ユリ、さん……何の用です?」

「ユリでいいわよ」

 マコは軽くため息を吐いた。

「あのですね……アベルがどこかで見ている可能性だってあるんです。下手をすれば、貴方に被害が及ぶ可能性だって――」

「大丈夫よ」とユリは指先を当て、マコの口を塞いだ。

「貴方が考えている不安は当たらないわ……私が保証する。そもそも、私は貴方の手伝いに来ただけだから」

 そう囁くと、ユリは指をそっと離し、警備帽を深く被っては「仕事、お互い頑張りましょうね」と言って踵を返していった。

「……」

 マコは静かに、ただ黙ってユリの背中を見送るだけだった。


 ……それからというもの、マコは終始ぼんやりとした様子で、仕事に取り組んでいた。

「……マコ、先程から手が止まっていますよ。マミにメールを送らないと困るんでしょう?」

「……」

「……音楽でも再生しましょうか?」とガーディが気にかけるも、マコはやはり上の空といった感じだった。

 ガーディは呆れた様子でため息を吐く。

「マコ、一度仮眠を取られてはどうです。そうすればきっと、集中力も戻って来ると思いますが」

 マコは漸く反応を返した。

「……そうだな。そうさせてもらうよ」

 マコは端末のアラームを設定すると、白衣を脱いで、自身の膝元にかけた。

「おやすみ」

「おやすみなさい」

 マコはすぐに夢の世界へと旅立った。その様子を見たガーディがポツリと呟く。

「……よほど、ユリという方との邂逅が負担になったのでしょうか……」

 ガーディの疑問に答える声はない。しかし彼は続けた。

「私にはまだ、感情というものが理解できていません。しかし……マコの様子が少しでも違うと判断すると、不思議と気になってしまう……」

「……マコが起きたら、聞いてみることにしましょうか」

 そう言ってガーディは自らパソコンをシャットダウンした。

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