第6話 可哀想なB
バタフライエフェクトという言葉がある。今更説明するまでもないぐらい有名な言葉だろうが念のため。
蝶の羽ばたきで起きた微風が地球の裏側で竜巻になるように、ほんの些細な変化がのちにとんでもなく大きな影響を及ぼすことを指す。
それが起きた。起きてしまった。俺という異物がいるせいで、サムライバー斬月の物語が原作から大きく逸脱してしまったのだ。
その最たるものが、主人公であるサムライバー斬月/斬月ムサシロウの死だった。
「邪魔、しないでください!」
「Butterfly! エンゲェージ!」
「ポイズンストーム!」
「うわああああ!?」
主人公、敗北。サムライバー斬月は敵に倒され爆死してしまいましたとさ。
「いやいやいや! マジで!?」
『todaY! エンゲェージ!』
あまりの衝撃に時を巻き戻してしまったが無理もない。一体何が起きたのか、順を追って説明していこう。
――
「あ、馬場警部がいる。家族サービスかな? 微笑ましいね」
谷欠駅前にある大型ショッピングモール・谷欠ダイヤモンドモール。学校帰りの俺は新作のハンバーガー目当てにフードコートを訪れていた。
「お父さん! お母さん! 早く早く!」
「コラコラ。そんなに走ると危ないぞ。他のお客さんにぶつからないようにな」
どうやら今日は非番と思しき馬場警部一家も、フードコートにお昼ご飯を食べに来たらしい。原作では昨夜の時点で彼の妻子は円城フレアのせいで亡くなっているため、運命改変後の平和な光景というわけだ。
「ん? なんだこの臭い」
「お父さん! 苦しいよお!」
「あなた!」
「カナミ! カナコ!」
「ヤバ!? 絶対タダゴトじゃないじゃん!」
『todaY! エンゲェージ!』
だが平和なフードコートは唐突に地獄絵図と化した。客も店員も、いきなり毒ガスでも吸引してしまったかのようにバタバタと倒れて白目を剥き、口から泡を噴きながら死んでいったからだ。
俺はたまたまt-reXの刀を持つティラノサウルス人間だったから毒が回るのが人間よりもはるかに遅かったお陰で咄嗟にYの刀を使うのが間に合ったものの、危くスーパーサムライソードテロに巻き込まれて死ぬところだった。
「おのれButterflyめ! 事件を起こすのが原作よりはるかに早いじゃないか! 一体どうなってるんだ!」
『B』の刀が原作で初登場するイジメ編が始まるのはまだ先のことだとばかり思っていた。Butterflyはその名の通り、使うと蝶人間になれるスーパーサムライソードだ。
俺がティラノサウルス人間になったように、契約者・天雅リンは蝶人間/サムライバー花月となって自由に空を飛び回りながら猛毒の鱗粉を撒き散らす。
いやt-reXとの性能差ヤバない? 確かにティラノサウルス怪人と蝶怪人が正面からぶつかり合ったら俺が勝つだろうけどさ。
それにしたって片や身体能力強化の地味な能力だけ。片や空を飛べる+広範囲に猛毒の鱗粉を散布できるド派手な能力だよ? なんなのその露骨な格差! 恐竜差別反対!
「ないものねだりを嘆いていてもしょうがない。今はやるべきことをやろう」
天雅リンは谷欠学園に通う現役の女子高生。主人公である斬月ムサシロウや葉隠ナデシコとは同じクラスの同級生にあたる。
イジメられっ子である彼女はイジメっ子たちが放課後谷欠ダイヤモンドモールにナチョスを食べに来たところを皆殺しにすべく猛毒の鱗粉による無差別大量殺人を引き起こそうとするのだが。
その計画は本来であればサムライバー斬月の手で未然に防がれるはず。
それなのに事件は起きてしまった。それも、原作よりずっと早い段階で。まだ始まって2日目だぞ!? 本来ならば彼女の登場はもっと後のはずなのだが!?
刀がばら撒かれてヨーイドンで争奪戦が始まる都合上、時系列が前後してもおかしくはない。だがそれはあくまでこの世界が原作ありの世界でなければの話。
「俺の存在のせいなんだろうなあ!」
何はともあれ斬月ムサシロウがなんらかの要因で彼女を止めに来られないのなら代わりに俺が止めないとあの未曽有の大虐殺が起きてしまうのだが、ひとつ問題がある。
天雅リンは原作だとサブヒロインなのだ。自分の凶行を止めイジメ問題を解決してくれた斬月ムサシロウの優しさに心を打たれ、初恋に落ちてしまった彼女は彼らに協力する道を選ぶ。
つまりは主人公パーティの正規メンバー。そのため円城フレアのように斬り捨ててしまうと今後の展開にさらなる悪影響を及ぼす可能性があるため、安易に刀を奪って解決、とはいかない。
「とにかく彼女を止めに行こう」
斯くして俺は原作知識を頼りに谷欠ダイヤモンドモールの屋上駐車場に赴き、そこで目撃してしまったのである。
「邪魔、しないでください!」
「Butterfly! エンゲェージ!」
「ポイズンストーム!」
「うわああああ!?」
主人公・サムライバー斬月が、サブヒロイン・サムライバー花月に無慈悲に爆殺されてしまう悲しい光景を。そんなもん見とうなかったでござる!
「いやいやいや! マジで!?」
『todaY! エンゲェージ!』
「主人公負けとるがな!」
つい取り乱して再び時を巻き戻してしまったが無理もない。何負けてるんだ斬月ムサシロウ! Butterflyは能力こそ凶悪だが本体は虫けら同然の紙装甲だろうが!
あれか? 戦いの経験が足りていないのか? それとも足りないのは覚悟か?
無理もない。昨日の放課後彼がサムライバー斬月になってまだ2日目。 ほとんどなんの事件も経験していない段階でいきなりクラスメイトの女子を斬れと言われても難しかろう。
本来なら木野の爺さんの死や宝田姉弟の死、そして円城フレアとの対決を乗り越えた先でようやく今回の事件が起こるはずだったのに、恐らくは俺のせいで順番がメチャクチャである。
「どうすりゃいいんだよ!?」
誰か教えてほしい。このピンチを乗り切るためにはどうすればいいんですか!? と。
サムライバー図鑑
Ace 赤 斬月ムサシロウ/サムライバー斬月
Butterfly 青 天雅リン/サムライバー花月
Critical 緑 宝田エル/サムライバー満月
Fumble 赤 宝田エタ/サムライバー新月
Inferno 赤黒 円城フレア/サムライバー炎月
Joker 黒 葉隠ナデシコ/サムライバー三日月
t-reX 紫 竜崎ディノ/サムライバー竜月
todaY セピア 木野ギンジ/サムライバー古月