第5話 彼女はC/彼はF
「説明してもらおうか」
「いいけど、信じてもらえないと思うよ」
木野珈琲店に顔を出した俺は、たちまち木野の爺さんに取っ捕まってしまった。
いきなり目の前で刀が光ったかと思えば、それが見知らぬ中学生の心臓に吸い込まれていったのだ。
一般人からすれば、何がなんだかわからなかっただろう。
おまけに日付が変わるまで店で介抱してやったのに、そいつは礼もそこそこにいきなり店を飛び出していく始末。
本当はそのまま知らん顔で二度と木野珈琲店には行かないつもりだったのだが、木野珈琲店は谷欠駅から谷欠学園の大正門に続く大通りにあるため避けては通れない立地にある。
いつまでもコソコソ逃げ回るのも嫌だったので、俺は開き直って店を訪れることにした。
「にわかには信じ難い話だな」
「だろうね。だから信じない方がいいと思うよ。中二病の痛い妄想乙、で片付けて、忘れちゃいないなよ」
開店したばかりでまだお客さんが全然いないガラガラな時間帯のお陰で、俺たちは気兼ねなくあの日の話ができた。
「坊主の言葉を信じるなら、お前さんは俺の命の恩人てえわけだ」
「好意的に解釈するなら、そうとも言えるかもしれないね」
「俺だってバカじゃあない。あの時刀が俺に向かってきたのを、お前さんが必死に止めてくれたのは覚えてる」
「刀を横取りされたくなかっただけかも」
「年寄りを舐めるなよ。顔を見ればそいつの考えてることなんざ大体わからあ」
非現実的な話だが、目の前で起きた現実である以上、何も見なかったことにするのはちょっと大変だ。
話を終えモーニングセットを注文した俺は、サムライバー斬月コラボカフェで1300円もした『木野珈琲店のサンドイッチとコーヒー』を楽しむ。
コラボカフェとは違い500円と良心的なお値段なのは、老後の趣味でやっている店だからだろう。折角なのでホイップクリームの乗ったウインナコーヒーを選んでみた。生クリーム大好き。
「わかった。余計な詮索はしねえ。どんな理由にせよ、お前さんに命を救われたのは確かだからな」
「それがいいだろうね。関わるもんじゃないよ、こんな物騒な話。それじゃあ、御馳走様」
「また来いよ」
「そうしたいのはやまやまだけど、たぶん二度と来ないと思う。俺が来ると戦いに巻き込んじゃう可能性があるからさ」
「どうせ明日には脳溢血か脳梗塞か心筋梗塞で倒れるかもしれん生い先短い爺さんなんだ。いつでも飲みに来い」
「ありがとう。その気持ちだけで嬉し」
いよ、と言いかけて、俺は凍り付いた。ひとりの女性客が店に入ってきたからだ。
「すみません、カプチーノのホットをひとつ。テイクアウトで」
「毎度。いつもの手渡しでいいか」
「ええ。紙袋はいりません」
宝田エマ。原作の登場人物だ。まさか彼女が木野珈琲店の常連客だったなんて。俺は何食わぬ顔で手元のウインナコーヒーをすする。
彼女は自身の不倫が原因で離婚したシングルマザーであり、子供の養育費をもらうどころか旦那に慰謝料を支払うため苦労しながら働いている。
そんな彼女の子供。宝田エルと宝田エタという双子の姉弟こそが、何を隠そうスーパーサムライソードに選ばれたサムライバーなのだ。
すべてを大成功させる『Critical』の刀とすべてを大失敗させる『Fumble』の刀。
相反する力を使って母親のために宝くじの一等賞を当てた双子であったが、あろうことか宝田エマは一等賞大当たりの宝くじをくれた子供を置き去りにして蒸発してしまう。
なんてことはない。彼女は自分のことしか頭にない、母親失格の駄目人間だったのだ。
大好きなお母さんに裏切られ捨てられたショックで、宝田エルとエタは暴走。醜い異形の怪人へと変貌し、泣きわめきながら暴れ始めてしまう。
『サムライバル! C! ERROR! ERROR! ERROR!』
『サムライバル! F! ERROR! ERROR! ERROR!』
『オガアザアアアアン!』
『オガアザアアアアン!』
『ドゴニイルノオオオオ!? オガアザアアアアン!』
『ガエッデギデヨオオオ! オガアザアアアアン!』
スーパーサムライソードと契約したサムライバーは力を制御できているうちは格好いい超人に変刃できるが、呪いの力が暴走すると醜い異形の怪人になり刀に封印された欲望の悪鬼ゴルディオニの欠片に体を乗っ取られてしまう。
原作で木野の爺さんが醜い怪人になってしまったのも、彼が刀の暴走に呑まれてしまったせいだ。そうなってしまったら最後。二度と人間には戻れない。力尽きて死ぬまで暴れ続けるか、介錯してもらうか。
たとえ醜い異形の怪人と化して大暴れしようと、相手は母親を求め泣きわめく子供。斬月ムサシロウは双子を斬ることができない。それを容赦なく斬り捨てる葉隠ナデシコ。それが原因で、ふたりは深刻な仲たがいをしてしまう。
あまりにも救いのない結末に、サムライバー斬月の二次創作をやる際には宝田姉弟救済ルートが描かれることも多い。
可愛い幼女はみんなに優しくしてもらえていいね。底辺社畜の限界おじさんなんか、死ぬまで誰からも優しくしてもらえなかったよ。
「ありがとうございましたー」
木野の爺さんに見送られ、カプチーノのプラカップを手に店の前に停めてある軽自動車に乗り込む宝田エマ。あの軽自動車の後部座席には、宝田エルとエタが乗っているはずだ。
彼女は毎朝子供を託児所に送り届けてから仕事に行く描写があったため、今頃後部座席で無邪気に遊んでいるに違いない。
どうしよう。既にサムライバーとして契約してしまっている以上、俺に双子は救えない。母親に裏切られる前に始末してあげるのが慈悲深いのか、それとも見て見ぬフリをすべきか。
「どうした? 恐い顔をして」
「なんでもないよ」
「あのお客さんもお前さんの言う刀狩り争奪戦の参加者なのか?」
「違うヨ」
彼女はね、という言葉をコーヒーで呑み込み、俺は頭を抱える。
諦めよう。葉隠ナデシコが手を下してくれる未来が確定している以上、俺が下手に首を突っ込むべきではない。たとえそれが現実逃避する言い訳にすぎなかったとしても。
それに、主人公である斬月ムサシロウには『C』の刀を持っていてほしいというメタ的な事情もある。
スーパーサムライソードが二刀流、三刀流と併用できるのは御存じの通りだが、中には特別な力を発揮する特別な組み合わせが存在するのだ。
Aceの刀で変刃するサムライバー斬月ならば、A・C・Eの3本を組み合わせることでスーパーサムライソードザー斬月に超変刃できる。
俺も理論上はT・R・Eの刀を集めれば、t-reXの刀を使ってスーパーサムライソードザー竜月に超変刃できるだろう。
彼が超変刃できないと、最終決戦で欲望の悪鬼ゴルディオニに敗北してしまう可能性がある。
『勝利のACE』と『逆転のJOKER』。主人公とヒロインの力が合わさってこそ最後の最後に『逆転勝利』を掴めるのだから。
「今日は学校サボろ」
「不良少年め。おまわりさんに補導されても知らんぞ?」
「いいもん。補導されても。とりあえずウインナコーヒーおかわり。ホットでね」
「やれやれ。うちの店を不良のたまり場にはしてくれるなよ?」
「大丈夫。俺友達いないから」
サムライバー図鑑
Ace 赤 斬月ムサシロウ/サムライバー斬月
Critical 緑 宝田エル/サムライバー満月
Fumble 赤 宝田エタ/サムライバー新月
Inferno 赤黒 円城フレア/サムライバー炎月
Joker 黒 葉隠ナデシコ/サムライバー三日月
t-reX 紫 竜崎ディノ/サムライバー竜月
todaY セピア 木野ギンジ/サムライバー古月