第4話 彼はA/彼女はJ
『谷欠市に怪人あらわる!? 市内で多発する怪奇事件と関連か!?』
そんな記事がローカル新聞である谷欠新聞の一面を賑わせたのは翌朝のことだった。満月をバックに映る赤き後ろ姿は、まごうことなき俺のもの……ではない。
白いスーツに赤い装甲。トランプのハートのエースをモチーフにした赤い仮面。サムライバー斬月の主人公、斬月ムサシロウが変刃するサムライバー斬月その人だ。
「本当にサムライバー斬月の世界なんだなあここは」
原作第1話終盤。瀕死の女子高生ヒロイン・葉隠ナデシコを救うため、塾帰りに偶然巻き込まれただけの一般人である平凡な男子高校生・斬月ムサシロウは『Ace』のスーパーサムライソードと契約し、サムライバー斬月となる。
今頃葉隠ナデシコは両親が海外出張で不在のため一人暮らしをしている斬月ムサシロウの自宅で目を覚まし、一悶着やり合っている頃だろう。
そこからふたりの物語が始まる。俺が愛読していた少年漫画の始まりだ。
「おはようさん兄貴」
「ああ、おはようディノ。今日は珍しく早起きなんだな」
「見ろよ今朝の朝刊! 谷欠市に怪人あらわる! だってさ!」
「バカバカしい。どうせバズ狙いのコスプレか何かだろう」
俺の兄・竜崎ライタ。現役の大学生であり、柔道で全国大会に出場した経験もある優等生。不良の弟は大違いで、学業の合間に親父の会社を継ぐべく会社の手伝いもしている真面目な長男だ。
原作には登場しないモブ未満の存在なので原作ではこのふたりの兄弟仲がどうだったのかは知らないが、この世界での俺と兄貴は極めて仲がいい。
国際的な製菓会社の社長夫妻として両親が世界中を飛び回っている都合上、俺たち兄弟の育児はもっぱら家政婦に一任されていたことも相俟って兄弟の絆が強い。
「最近何かと物騒だから、兄貴も気を付けろよな。兄貴に何かあったら俺が困る。俺が会社を継がされたら3日と経たないうちに潰れそうだもんよ」
「はは、それは困るな。お前も気を付けるんだぞ。ただでさえその目立つ金髪頭と言動のせいで喧嘩になりやすいんだから。俺もいつまでも庇ってはやれんからな」
「それは俺が悪いんじゃないよ。生まれ付きこうなんだからしょうがないだろ」
家政婦のオバチャンが用意してくれた朝食を食べ、用意してくれた弁当を受け取り俺は通学の準備をする。
私立・谷欠学園は登場人物の多くが通う名門校だ。初等部から大学部まで一貫式のエスカレータ進学が可能なマンモス校で、俺は中等部に、主人公である斬月ムサシロウらは高等部に、兄貴は大学部に通っている。
まさかのみんな同じ学校! わかりやすくていいけどね!
「どうせ目的地は同じなんだから、一緒に乗っていけばいいだろうに」
「やだよ。兄貴の邪魔をするなってお袋に睨まれてるんだから」
「そんなの気にする必要ないだろ。どうせふたりとも当分はフランスだ」
「家政婦や運転手がポイント稼ぎに密告するかもしれないだろ」
通勤・通学用の黒塗りの高級車で送迎されている兄貴とは違って、俺はどこへ行くにも徒歩と電車である。竜崎家の闇は深い。そりゃあ原作で竜崎ディノがグレてしまうのも無理はない家庭環境だ。
だが今朝に限っては、わざわざ徒歩を選ぶ理由があった。
――
「私の顔に何か?」
「いや別に何も?」
それはサムライバー斬月のヒロイン、葉隠ナデシコたちに会うためだ。主人公の斬月ムサシロウが普段はちょっと頼りないけどやる時はやるタイプの草食系男子なのに対し、彼女はクールで凛々しい女剣士。
谷欠学園は広大な敷地内に小学校から大学まで学業に必要な各種施設が建てられており、その規模はひとつの小さな街と呼べるレベルである。
そのため通学時になると学園のシンボルである大正門前は朝から大勢の学生で賑わうため、ふたりを待ち伏せるには大正門前で待機しているのが一番いい。
「どうしたの? 葉隠さん。あ!」
昨夜が第1話であるならば、今朝は第2話。斬月ムサシロウの家で一晩介抱された彼女は、朝から一悶着あった末に同盟関係を結ぶ。
それゆえ朝からふたりで一緒に登校してくることが確定している今朝は、ふたりの顔を拝んでおくには絶好のタイミングだったのである。
「ほ、ほら早く行こうよ葉隠さん! 急がないと遅刻しちゃう!」
「お、おい斬月!?」
彼女の手を取り、ソソクサと逃げるように足早に去っていく斬月ムサシロウ。彼はアメコミの主人公めいてジョックに弱い気弱な男子高校生だ。
金髪ヤンキー中学生に睨まれ、ビクビクオドオドしている姿は情けなくもあるが、そこから成長していくので問題はない。
いきなり手を握られ、困惑しながらも嫌がる素振りは見せない葉隠ナデシコもクーデレヒロインぶりを遺憾なく発揮している。
あれが本物の斬月ムサシロウと葉隠ナデシコか。愛読していた漫画の主人公とヒロインに会えるなんて感動だ。声がアニメ版の声優さんと一緒なのも嬉しい。
「仲よくしたい、けど無理だろうなあ」
できれば主人公の仲間になれたらいいのだが、俺は既に円城フレアを斬って刀を奪っている。
斬月ムサシロウは少年漫画の主人公らしく、徹底した不殺主義者だ。
できれば誰も殺したくない。そもそも戦いたくなんてない。なんとか誰も死なずに済む平和的な話し合いで解決できないか、その手段を模索している。
逆に葉隠ナデシコは自身の願いを叶えるためバンバン敵を斬って刀を奪うことにとても積極的。
ゆえにふたりは事ある毎にぶつかり合いながらも徐々に絆を深めていくわけだが、そこに俺が挟まる余地は恐らくない。
もし俺がサムライバーであることがバレたら葉隠ナデシコは間違いなく俺を殺しにかかるだろう。原作のように。
「既に円城フレアを斬っておいてなんだけど、斬られるのは嫌だなあ」
原作で竜崎ディノを斬り捨てるのは何を隠そう葉隠ナデシコの役目だ。放課後誰もいない夜の通学路で彼女に襲いかかるも、そのまま返り討ちにされ刀を奪われアッサリ退場。なんとも情けない末路である。
なので俺の目的は、彼らにバレないよう小賢しく立ち回りながら適度に刀を集めること。
異世界転生者であるためか、それともスーパーサムライソードの呪いに心身を蝕まれているせいか、命の奪い合いに対する抵抗や忌避感はもうほとんどない。
俺は死にたくない。誰かに殺されるぐらいなら殺すことを選ぶ。だからといって積極的に強盗殺人をして回りたいわけでもない。えらく中途半端な野郎だ。
「斬月ムサシロウ。頑張ってくれよ。俺の分まで」
この世界には明確な主人公がいる。彼は戦いで傷付きながらも『この戦いで犠牲になったすべての人々と、葉隠さんの家族を生き返らせてほしい』と願える心優しい人間だ。
そんな彼の優しさと強さが葉隠ナデシコの心を動かし、欲望にまみれた刀狩り争奪戦参加者の心を動かし、最後には大勢の仲間に恵まれ、欲望の悪鬼ゴルディオニを倒す。
ならば俺はただ待てばいい。俺が何もせずとも彼は世界を救うだろう。むしろ余計なことをしない方がいいまである。
……それならなんのためにあのふたりを待ち伏せしていたのかって? ただ本物の主人公とヒロインに会ってみたかっただけです、はい。愛読者だったんです、俺。
サムライバー図鑑
Ace 赤 斬月ムサシロウ/サムライバー斬月
Inferno 赤黒 円城フレア/サムライバー炎月
J ? 葉隠ナデシコ
t-reX 紫 竜崎ディノ/サムライバー竜月
todaY セピア 木野ギンジ/サムライバー古月