第30話 逆恨みIII
長男長女は損、という風潮が令和の日本には蔓延している。親の初めての子育ての失敗作。親の期待に押し潰された被害者の末路。ワガママな弟妹に振り回されて、いつも損ばかりさせられてきた。
都合のいい時だけお兄ちゃんお姉ちゃんなんだからと我慢ばかりさせられ、何かあればお兄ちゃんなのにお姉ちゃんなのにと比較され文句を言われる。
それが長男長女という憐れな存在なのだと。
家を継げるというメリットは、令和となった今では家を継がされるというデメリットにしかならないことがほとんどで。親の介護を押し付けられ、結婚や孫を強要され、弟妹に先を越されれば嘲笑される。
今の時代、長男と結婚したがる女性も珍しかろう。長男の嫁=生き地獄。そんな認識が広まっているし、ほとんどの場合その認識は正しい。
長男長女なんていつも損ばかりで、何もいいことがない。
そんな風にぼやいた経験のある兄姉は多いだろう。
だが面白いことに、欧米だと立場が逆転するらしい。
弟妹は損。身勝手で自分本位な長男長女に振り回され、両親は兄姉を優先してばかり。自分たちはいつだって上の子のおさがりばかり押し付けられ、長男長女はズルイ、と主張する者が多いのだとか。
何故そうも主張が食い違うのか、実に興味深い。お国柄か国民性か。或いはただのエコーチェンバー現象なのか。
いかなる理由があれ少なくとも日本では未だに我慢ばかりさせられている可哀想な姉vs甘やかされて育ったがために図々しくワガママな可愛い妹の構図は人気のジャンルである。
「はあ! はあ! お願い助けて! 誰か!」
ひとりの熟年女性が真夜中の亡月総合病院を走る。悲鳴を上げ大声で、周囲に助けを求めながら。だが周囲の人間は誰ひとりとして彼女に気付かない。
当直の医者も夜勤の看護師もトイレや飲み物を買うために病室を出た患者も、誰も。
無視しているのではない。本当に彼らには彼女の存在が見えていないのである。
スーパーニンジャフィールド。それはニンジャッカーのための領域。スーパーニンジャソードと契約したニンジャッカー同士が決闘を行う際に、亡月市に重なるもうひとつの裏亡月市。
スーパーニンジャフィールドの中では何が起きても現実に干渉しない。フィールド内の病院を爆破しても、現実の病院にはなんの影響もなく無傷のまま。
その逆もまた然り。たとえスーパーニンジャフィールド内から外部に助けを求めても誰にも見えないし、聴こえないし、触れられない。亡霊が彷徨うに相応しい、死者のための特別な戦場。
「あはははは! 逃げても無駄だよオバサン! 潔く死んじゃいなよ!」
「嫌よ! 私には家族がいるんだから! 家族を遺して死ねないわ!」
「でもあんたはもう死んだんだよ! 死人がいつまでも未練がましく地縛霊になってたら、家族も悲しむって絶対! 潔く成仏しな! うちが手伝ってあげるからさあ!」
「きゃああああ!?」
屋内なのに雷が落ちる。専業主婦を雷と戦わせるのは無理だ。だが彼女に雷が直撃しそうになった瞬間、急な大爆発が起こり爆炎が雷撃を相殺する。
『V-TIME! Voltage!』
『III-TIME! boIIImer!』
それは生存本能による無意識の防御だった。厚木サチヨは無自覚にスーパーニンジャソードの力を引き出しているのだ。爆発を司るボマーの力を。
このままでは殺される! と理解しているからこそ、無意識のうちに忍者刀の力を発現させている。
だがそれは防衛本能によるものにすぎず、未だ彼女には何が起きているのかもわからない。混乱したまま病院内を逃げ惑う。
「なになに!? なんなのよもう!?」
「あはははは! わかる必要なんかないって! そのまま死んじゃいなよオバサン!」
「オバサンオバサンうるさいわね! さっきから人に向かって死んじゃえだなんて、あなた親にどういう教育受けてきたの!?」
「……は? うるさいなあ! いいからさっさと死ねよババア! いつまでも見苦しく逃げ回ってんじゃねーし!」
「冗談じゃないわよ! あんたの方こそ死になさいよ! この、人殺しい!」
『フィーバータァーイム! ヴォルテェージ! 忍法トキメキビリビリハートォ! の術! イエー!』
『フィーバータァーイム! ボンバァー! 忍法ダイナミックダイナマイトゥ! の術! イエー!』
降り注ぐ雷と、それを遮る爆発。雷撃と爆炎で病院がどれだけ崩壊しようとも、現実の人間にはなんの影響もない。
ここは病院に覆いかぶさった、病院を模したスーパーニンジャフィールドなのだから。
「もう嫌あ!」
――
厚木サチヨ(旧姓・笛吹サチヨ)は平凡な主婦だった。若い頃はイケイケのギャルだったが、結婚してからは落ち着いて子供もできて、ごく普通の母親になった。
お父さんとお母さんには若い頃は沢山心配をかけてしまったけれど、その分不出来な姉に代わって沢山親孝行してきたつもりだ。
3人の子供を育てながら子供の学費を稼ぐためパートを続け、子供たちが全員大学を卒業した後はまた専業主婦に戻った。
旦那との仲は今でも良好で、近所にはかつてのママ友達も沢山住んでいる。
社会人になってからもまだまだ頼りないところのある末息子には心配をかけさせられることも多いが、しっかり者の長女と次女が弟を支え3人で助け合って仲よくやっているのは嬉しい限り。
誰が一番最初に結婚して初孫の顔を見せてくれるかを楽しみにしながら、高齢化してきた実家の両親の世話を焼いている。
そんな妹・サチヨの人生が、本当に姉・サチコの癇に障ったのだろう。
『幸せなあんたなんかに不幸な私の気持ちはわからないわよ!』
きっかけは些細な口論だった。49歳独身の姉・サチヨに金を無心されたのだ。
姉はハッキリ言って一族の恥だった。独身だからとか、パート社員だからとか、そういう理由では決してない。とにかく性格が終わっているのだ。
1円も家に入れぬ実家暮らしでありながら両親とは口論ばかり。喧嘩してきた、などとのたまって真夜中に突然厚木家に泊まりに来るくることもしばしば。
生活が苦しいからという理由でたびたび両親に金を無心していくくせに『私は暇な主婦のあんたと違って仕事が忙しいから』という理由で介護は一切手伝わない。
来年はもう50になるのだから、いい加減現実を見てほしい。いつまでも20代30代がいいとか年収は最低でも3000万はないと嫌だとか非現実的な夢を求めてばかりいないで、歳相応に落ち着くべきだと。
些細な口論から大喧嘩に発展し、最後は逆ギレした姉が包丁を持ち出してきてサチヨを刺した。死んだ、と思った。心臓を刺されたのだから。
こんな風に死ぬのは嫌だ、と彼女は泣きながら意識を失った。
『サチヨ!』
『『『ママ!』』』
だが彼女は病院で目を覚ました。仕事から帰宅した旦那が血まみれで倒れている妻を発見し、半狂乱になりながら救急車を呼んだという。
お医者さんいわく、奇跡的に致命傷を免れたため生還したとか。
だが、それはおかしいのだ。昼間に刺された人間が夜発見されて、助かるわけがない。奇妙な違和感しかなかった。
(何かが変……でも何が?)
困惑する彼女に幻聴が聴こえてきた。
『スーパーニンジャソードを集めよ。今のそなたは仮死状態にすぎぬ。12本のスーパーニンジャソードを集めなければ、そなたは今度こそ本当に死ぬ。生き返りたくば12本のスーパーニンジャソードを集めよ』
家族や医者に幻聴が聴こえると相談したかったが、あまりの言ってることのバカバカしさに打ち明けるのが躊躇われた。
姉に刺されたショックで頭がおかしくなった、と思われるかもしれない。少なくとも自分はそう思っているのだ。だってそう思うしかないだろう?
なんなのよスーパーニンジャソードって。ふざけるんじゃないわよ。と彼女は至極真っ当な感想を抱き、聴こえないフリをした。
とにかく彼女は疲れていた。姉に刺されて死ぬかと思ったのだ。家族に殺されかける。それはとても強いショックだった。絶対にゆるせないと思った。
当然だ。旦那も家族も姉を絶対にゆるさないと息巻いている。やがて連絡を受けた両親もタクシーで駆け付けてきて、警察から事情を聴いて泣き崩れた。
姉は指名手配されたという。現在逃走中。いずれ捕まるだろう。早く捕まってほしい、と思いながら、彼女は再び気絶するように眠ってしまった。
『きゃあああああ!?』
異変が起きたのは深夜。警察からの事情聴取も終わり、面会時間も終わったため家族は一時帰宅していった。
明日は会社を休んだ旦那が朝一番で入院に必要な荷物を持ってきてくれるという。
深夜、厚木サチヨが眠る病室にいきなり雷が落ちた。落雷? いや、ただの落雷事故ではない。
彼女を殺すために明確な殺意をもって放たれた、雷電攻撃だ。
「さあ! スーパーニンジャタイムの始まりよ!」
斯くして憐れにも厚木サチヨは、いきなり病室に乗り込んできた金髪の美少女に襲われ、真夜中の病院を舞台に逃走劇を繰り広げることとなる。
ニンジャッカー図鑑
I-TIME Inferno 赤 煉獄 円城フレア/ニンジャッカー炎星 死刑
III-TIME boIIIber 黒 爆弾 厚木サチヨ/ニンジャッカー爆星 刺殺
IV-TIME dIVa 銀色 歌姫 心田イデア/ニンジャッカー音星 轢き逃げ
V-TIME Voltage 黄色 雷 ?
VI-TIME VIper ?
IX-TIME cIXlone 青緑 嵐 夢野メシヤ/ニンジャッカー風星 ?
X-TIME t-reX 紫 恐竜 竜崎ディノ/ニンジャッカー竜星 隕石直撃?




