第3話 悪霊のI
千葉県・谷欠市にある閑静な住宅街。そこに馬場シゲオ警部の自宅がある。彼は谷欠署に勤務する叩き上げのベテラン刑事だ。
『サムライバル! Inferno!』
『オープン・ザ・スーパーサムライソード! インフェルノォ!』
そんな彼の自宅、愛する妻と娘が父親の帰りを待つ一軒家に迫る黒い影。いや赤い影。
「ヒヒヒ。帰ってきたぜ警部さんよ。また俺を捕まえられるかな?」
円城フレア。かつて谷欠市を恐怖のどん底に陥れた連続放火魔だ。
わざと人のいる時間帯、それもほとんどの住民が眠っているであろう深夜帯を狙って放火し、火災現場を動画に撮影するのが生き甲斐という最低最悪の愉快犯。
かつて馬場警部に逮捕され、谷欠刑務所に収監されていた彼は死刑が執行されるその夜刑務所に降り注いだ『I』の刀の契約者となった。なってしまった。
炎を操るInfernoの力で看守や他の囚人たちを焼き殺し、刑務所を大炎上させた彼はそのまま脱獄。
自分を捕まえ刑務所にぶち込んだ馬場警部に復讐すべく、彼の妻子を焼き殺して復活の狼煙をあげる。というのが原作における放火魔編の始まりだ。逆恨みすぎて逆に清々しいまであるな。
『Inferno! エンゲェージ!』
「出所祝いだ! 精々派手な花火を打ち上げてやろうじゃないの!」
「させるかよ!』
『t-reX! エンゲェージ!』
「タイラントファング!」
「があ!?」
サムライバー炎月。黒いスーツに赤黒い装甲。燃え盛る炎のような仮面のサムライバー。炎をまとった赤黒い刀を馬場警部の自宅に向けて振り下ろそうとした奴の背中に、背後から強烈な一太刀を食らわせる。
あらかじめ変刃しておいてよかった! お陰でいきなり必殺技を放てたぜ!
一撃で仕留められなかったのは残念だが、それでもいきなり背中から必殺技で斬り付けられた奴は少なからずダメージを負ったようだ。
「なんだテメエは! 俺様の邪魔をするんじゃねえよ!」
「お前の邪魔をしに来たんだよ!」
「チ! 刀目当てのザコかよ! ウゼエな! 死ね!」
「死ぬのはお前じゃい!」
紫の刀と赤黒い刀がぶつかり合う。Infernoの刀はかなり凶悪な代物だ。純粋な戦闘能力だけで比較するなら26本の中でも最上位に数えられるだろう。
だが円城フレアはつい数時間前に契約者になったばかりで、そのおそるべき能力をまだ十全には使いこなせていない。
そのため馬場警部の自宅を焼き払った後は、しばらくの間能力を習熟させるため谷欠市内に潜伏し建物を放火して回るようになる。
なので、奴を倒したいなら今が絶好のチャンスというわけだ。主人公とヒロインを何度も苦戦させ、読者から大いに愛された強敵を噛ませ犬のザコにすぎない俺が屠れるのは今この瞬間しかない! と思う! たぶん!
「オラア!」
「どりゃあ!」
幸い俺には万が一の際にはtodaYの力で死なない死に戻りができるのだという精神的余裕があった。
『t-reX! エンゲェージ!』
『Inferno! エンゲェージ!』
「タイラントファング!」
「レイジオブインフェルノ!」
紫に輝くティラノサウルスのオーラをまとった強烈な斬撃と、赤黒い炎渦巻く強烈な斬撃がぶつかり合う。なお技名を考えたのは俺じゃないぞ! 原作準拠だ! 原作だとアッサリ破られてたけど!
「バカな!? この俺様がこんなザコに!?」
サムライバーの弱点は刀=心臓である。心臓と融合した刀がある限り、たとえ首を刎ねられようがトラックに撥ねられようが死なない。刀に秘められた呪いの力で肉体などいくらでも再生できる。
だが刀を折られるか、心臓を破壊されればその時点でゲームオーバー。
サムライバー炎月の体がドオン! と青白い炎に包まれ、変刃を解除された円城フレアの肉体が塩の塊となってドサリと崩れ落ちる。
後に残るのは塩の山に突き刺さった赤黒い刀。これが欲望の悪鬼ゴルディオニと契約してサムライバーになってしまった者の末路だ。
その心臓と魂はゴルディオニ復活のための生贄の供物として捧げられ、未来永劫苦しみ続ける羽目になる。
囚われた生贄の魂を開放するためには、復活した欲望の悪鬼ゴルディオニを倒すしかない。
「はあ! はあ! 勝ったー!」
俺は塩の山に突き刺さった赤黒い刀を掴むと、それをマジマジと眺めた。Xの時はいきなり背後からグサリだったし、Yの時はゆっくり観察してる暇もなかったからな。
本物のスーパーサムライソードだ。すごい! 感動!
アニメ化記念で実際に一部の刀が商品化された際には子供の玩具サイズだったから、本物の日本刀サイズのスーパーサムライソードをこうして手にできるのは愛読者として得も言われぬ感動があるな。
『サムライバル! Inferno!』
「ぐがあ!」
ひとしきり感動を噛み締めた俺は、躊躇うことなくIの刀を鞘から引き抜いた。Yの刀との二刀流になったで察したと思うが1人1本という制約はないためスーパーサムライソードは併用できる。
とはいえ1本でさえ心臓に強い負荷がかかる刀を、三刀流で使いこなすのはかなり大変だ。だが痛みを代償に強くなれるのなら迷っているいとまはない。
t-reXの刀。最初は噛ませ犬のザコ能力とか言ってごめん。心臓を超強化して取り込める刀のキャパシティを増設できるのは刀狩り争奪戦ではこの上ないアドバンテージだ。
『サムライバル! Inferno!』
「はあ! はあ! よし契約成立だ!」
白いスーツに紫の装甲。ティラノサウルスによく似た仮面のサムライバー。街角のカーブミラーに映る己の姿に思わず惚れ惚れしてしまいそうになる。
原作では名前が設定されていなかったので、あえて名乗るのならサムライバー竜月といったところか。
紫の装甲に赤紫の炎が宿る。体表で炎が燃えても熱さや痛みは感じない。瞳が紫から赤紫に変わり、体温が急上昇していく。
寒さに弱い、というt-reXの弱点をInfernoの熱で補えるというのは盲点だったな。期せずして弱点補完を行えたわけだが。
「心臓が、爆発しそう!」
思わずよろめきそうになるのをなんとか踏ん張って耐える。たった3本の刀を取り込んだだけでこれだけの負担が体にかかるのだ。どれだけ強い力と呪いが秘められているのだろう。
だが強い力は必要だ。そうでなければこれから本格的に始まる過酷なスーパーサムライソード争奪戦を勝ち抜くことなどできないだろう。
忘れてはいけない。今回はたまたま上手くいっただけで、竜崎ディノは原作だと一話限りの登場で退場する噛ませ犬のザコ敵にすぎないのだから。油断は禁物。
「おいそこのお前。うちの前で何をしてやがる」
おっと。ウカウカしているうちに、馬場警部のお帰りだ。本来ならば帰宅した彼の目に映るのは、轟轟と燃え盛る我が家のはずだったのだがその運命は俺の手で変わった。感謝してくれてもいいのよ?
「な!? なんだお前!」
「じゃあね警部さん! 家族をお大事に!」
「なんだと!? 貴様あ! 俺の家族に何をしたあ!」
「何もしてないどころかむしろ助けてあげた側なんだけど」
一般人相手に説明しても到底信じてもらえそうにないので、俺は恐竜の脚力で近所の家の塀から屋根へと軽快に飛び移った。逃げるが勝ち!
「待て!」
「バイビー!」
夜の満月に浮かび上がるサムライバー竜月のシルエットと赤紫の炎。なんだかとてもいい気分だった。生まれて初めて人を斬ってしまった罪悪感と、それをはるかに凌駕する達成感や爽快感。
脳内麻薬がドバドバ出ているであろう俺を蝕む不自然なほどの全能感や、もっと戦いたい! という破壊衝動は、スーパーサムライソードにかけられた呪いのせいでもあるのだろう。
刀に封印された欲望の悪鬼ゴルディオニの囁き。なるほどこれはとても危険だ。ともすれば力に呑まれ暴走しかねない。
「少年漫画の世界って、最高!」
だがもう手放すことはできない。物理的に。夜の谷欠市に、恐竜の咆哮が木霊する。それは勝鬨であり、開戦の時を告げる鐘の音でもあった。
サムライバー図鑑
A ? 斬月ムサシロウ/サムライバー斬月
Inferno 赤黒 円城フレア/サムライバー炎月
J ? 葉隠ナデシコ
t-reX 紫 竜崎ディノ/サムライバー竜月
todaY セピア 木野ギンジ/サムライバー古月