第14話 前倒し∀
劇場版サムライバー斬月 カウントダウンZero。それは漫画の連載完結後に製作された、完全オリジナルの劇場アニメ映画だ。作者である漫画家先生が監修しているため、事実上の本編後日談にあたる。
すべての戦いを終え、平和が戻った谷欠市。斬月ムサシロウの願いによりあの戦いはなかったことになり、あの戦いで犠牲になった者たちも救われ、誰もが幸せになった、はずだった。
そんな斬月ムサシロウの前に、あり得ざる0番目のスーパーサムライソード『Zero』を持つ謎の少女、レイン・ロゼが現れる。彼女を追い求める謎の男、谷欠シンが取り出したのは、27本目の刀『∀rc』だった。
『サムライバル! ∀rc!』
『変刃』
『バカな!?』
『あいつは!』
『黒い斬月だと!?』
『オープン・ザ・スーパーサムライソード! アーク!』
『サムライバー神月。その女を、渡せ!』
既に滅び去ったはずの欲望の悪鬼ゴルディオニの忘れ形見。Zeroと∀rc、願いと欲望、2本の刀を巡る新たな戦いが、今始まる!
――とまあ、こんな感じの物語が全65分で展開される。半分OVAみたいなもんで、映画単品としての出来はあまりよろしくなかった。
ファン向けのOVAを劇場版で先行上映してみましたーって感じの内容で、興行収入は3億円程度だったと記憶している。
俺は入場者プレゼントの特典カード欲しさに4回も観に行ったけどね! 某有名TCGとサムライバー斬月がコラボした際に斬月デッキを組むための必須パーツだったから。あくどい商売しやがるぜ!
そんな劇場版のボスが使う∀の方が今、俺の目の前に置かれている。それはもう無造作に。
「お前、どこでこれを?」
「拾ったんだよ。偶然」
「嘘吐けこの野郎! こんなもんが落ちてて堪るか!」
喫茶店で大声を出すのは迷惑なので、俺は極力小声で怒鳴る。
「さて、どこで拾ったんだったかな。でも、誓ってもいい。これは誰かから奪ったものではないよ」
それはわかる。サムライバーなら誰でもその刀が契約済みのものかを鑑定できるようになっているからだ。こいつは正真正銘誰とも未契約。
∀rc。アークと読む。それは『方舟』の力。使うと無敵のバリアを張れる。どんな攻撃も受け付けない最強の盾だ。正直すげー欲しい。でも、あからさまに罠だろう。
一体何を企んでやがるこの野郎! と目の前でニコニコしている夢野の胸倉を掴み上げたくなるのを堪える。
「何故俺にこれを?」
「言っただろう? お近付きの印。プレゼントさ。僕には今、差し出せるものがこれぐらいしかなくてね」
「理解できん」
「他人の考えなんて、理解できなくて当然だよ。まして今日会ったばかりの相手ならね」
「それでも今日会ったばかりの相手に、いきなりこんなもん寄越すのが異常だったのはよくわかるぜ。夢野メシヤ。お前は何者だ? 一体何を企んでやがる」
「何も」
落ち着け俺。これが落ち着いていられるか俺。それでも冷静になるんだ俺。夢野相手にペースを乱すな。いいだろう、くれるってんならありがたく頂こうじゃないか。
どんな理由があれ、∀rcの刀は文句なしに強力なスーパーサムライソードだ。
「代償は?」
「ないよ、そんなの。プレゼントは見返を期待して贈るものじゃないだろう? 君が喜んでくれるのなら、その笑顔が僕にとっては一番の対価かな」
本当に意味がわからない。俺は警戒しながらも∀の刀に手を伸ばす。不気味に光る黒い刀。
「ああ、でも。ひとつだけ君に頼みがあるんだ」
「なんだよ?」
「僕から逃げないでほしい」
「な!?」
『サムライバル! ∀rc!』
『サムライバル! ZZZ!』
『サムライバル! Y! ERROR! ERROR! ERROR!』
「ぐがあ!?」
俺が∀の刀を鞘から抜いた瞬間、いきなり心臓を刀で串刺しにされたかのような鋭い痛みが俺を襲った。
咄嗟にtodaYの刀を使って目の前の夢野メシヤから逃れようとするものの、まるでそれを見越していたかのように奴の持つ虹色の刀が俺の心臓を貫く。
todaYの力が眠らされているのだ。奴の持つ『ZZZ』の力で。それだけじゃない。店内にいる他の客や店員まで、全員がスヤスヤ夢の中。
「ごめんよ。でも刀だけ持ち逃げされてしまっては困るからね。言っただろう? それはお近付きの印だと」
「テメエ!」
視界が黒闇に染まり、意識が遠退いていく。奴の甘い囁き声が耳元で木霊する。夢野のズルイところは、その声優選びだ。
この手のキャラを演じさせたら右に出る者はいない業界のレジェンド大御所男性声優さん。平成のオタクならこのイイ声で囁かれてしまったら、誰でも抵抗できなくなってしまう。
「おやすみ、竜崎ディノくん。君には期待しているよ。どうか――てくれ」
「お前なんか嫌いだこの野郎!」
「フフ。おかしいね。嫌いだけどそこが好き、みたいな不思議な顔をしている。やはり君は興味深い」
そのまま眠らされてしまい、気付いた時にはもう日付が変わる真夜中だった。きっかり0時、夢野のかけた眠りの魔法は解け、俺たちは夢から覚める。
どうやらあれからずっと眠らされていたらしい。同時に目を覚ました他の客や店員らも、一体何が起きたのかわからず混乱している。
「え? 何? 寝てた?」
「もうこんな時間!?」
「なんで!?」
喫茶店にいたと思ったらいつの間にか眠ってしまい、気付いたら深夜0時。おまけに他のお客さんや店員さんも全員同じ境遇。
まさに怪奇現象だ。またひとつ谷欠市を騒がせる都市伝説が増えるだろう。
「あの野郎!」
会計は事前に済ませてあるため食い逃げこそされなかったが、どうやらまんまと勝ち逃げされてしまったらしい。
『また会おう』
奴の電話番号とともにそう書き残された紙ナプキンがテーブルの上に置かれ、何故か俺の肩には奴の羽織っていた上着がかけられているのも腹立つ。そういうところだぞお前!
「うわヤバ!?」
おまけにライタ兄貴からメチャクチャ不在着信と心配のメッセが届いていた。帰ってこないどころか既読さえ付かない俺を心配して何度も何度も連絡をくれたらしい。帰ったら絶対説教される奴じゃん!
「もしもし兄貴!? ごめん、これには深いわけが!」
『ほう? どんな理由か詳しく聞かせてもらおうか。だがその前に。お前は今どこにいるんだ!』
ただでさえ最近谷欠市では謎の怪奇事件が多発しており犠牲者も出ているというのに、俺が学校をサボりフラフラと出歩いているせいで兄貴は不出来な弟が心配らしい。
でも心配なのは俺の方だよ? もし俺が眠らされている間に兄貴の万が一のことがあって、そのまま日付を跨いでしまったらと思うと心臓バックバクだよもう!
「夢野メシヤ! ゆるせねえ!」
完敗である。完膚なきまでに負けた。もしあいつがその気なら、俺は寝てる間に殺されすべての刀を奪われていただろう。
だが奴はそうしなかった。夢野が夢野でよかった、と思うのも変な話だけど。
「次は負けねえ!」
∀rcの絶対防御の力があれば、奴のZZZの力だって防げるだろう。って、あいつからもらった力であいつにイキるのもそれほど虚しいことはない。なんだかドっと疲れたし、早くうちに帰ろう。
サムライバー図鑑
Ace 赤 斬月ムサシロウ/サムライバー斬月
Butterfly 青 天雅リン/サムライバー花月
Critical 緑 宝田エル/サムライバー満月
Dream 虹色 夢野メシヤ/サムライバー夢月
Fumble 赤 宝田エタ/サムライバー新月
Gold 黄金 プロフェサー・G/サムライバー望月
Hunter 緑 木霊ノゾム/サムライバー風月
Inferno 赤黒 円城フレア/サムライバー炎月
Joker 黒 葉隠ナデシコ/サムライバー三日月
Knight 銀色 契約者不明
Mindcontrol ?
Nightmare 灰色 密輸人/サムライバー歪月
Ox 茶色 牛島ウメオ/サムライバー岩月
Pierrot ピンク 大道芸人/サムライバー笑月
Revolution 金色 剣ソウヤ/サムライバー嘘月
Tempest 黄緑 嵐山キョウスケ/サムライバー嵐月
Unite 黄色 契約者不明
Voltage オレンジ 契約者不明
t-reX 紫 竜崎ディノ/サムライバー竜月
todaY セピア 木野ギンジ/サムライバー古月
ZZZ 虹色 夢野メシヤ/サムライバー夢月
∀rc 黒 谷欠シン/サムライバー神月
Zero 透明 レイン・ロゼ/サムライバー無月




