第1話 我はX
転生先が現代日本だった。つまらん。と思いきや刀を持った能力者同士が決闘をする物騒な世界だった。それなら退屈だけど平和な世界の方がまだマシだったかもしれない。
俺は竜崎ディノ。14歳。少年漫画に登場する噛ませ犬に憑依転生してしまった憐れな元底辺社畜だ。
スーパーサムライソード。全部で26本ある呪われた秘宝(のちに劇場版で0本目や27本目が登場するので本当は28本あるのはここだけの話)。
26本すべての刀を集めた者はどんな願いも叶うという。よくある話だ。
スーパーサムライソードに選ばれたサムライバーたちは、各々の譲れない願いを叶えるべく凄惨な刀狩り争奪戦へと身を投じていく、或いは巻き込まれていく。
そんな設定の少年漫画があった。
サムライバー斬月。全26話で深夜アニメ化されのちに劇場版も制作された能力バトル漫画だ。
『A』の刀に偶然選ばれてしまった男子高校生・斬月ムサシロウと『J』の刀を持つ謎の女子高生・葉隠ナデシコ。ふたりの運命的な出会いから始まるボーイミーツガールは週刊誌で全31巻に渡り連載された。
『X』の刀を持つ竜崎ディノはそんなサムライバー斬月に登場する噛ませ犬のザコキャラ。原作だとたった一話限りの登場で瞬殺され退場してしまう。
外見はいかにも頭も育ちも性格も悪そうな金髪イキリヤンキー中学生である。実際その通りなのだろうが、唯一違ったのは竜崎ディノは実は金持ちのドラ息子であった。
竜崎製菓。この世界の日本ではトップクラスのシェアを争う製菓会社だ。代表作はドギツイ岩塩味が特徴的なポティラノチップス(全100種類の恐竜カードのおまけ付き)。
優秀な大学生の兄・竜崎ライタと事ある毎に比較され、教育熱心な両親から冷遇されて育った。原作でグレてしまったのはそのせいだろう。だが転生者である俺にはグレる理由がない。
むしろ優秀な兄に会社の跡継ぎや親の介護などの面倒事をまとめて押し付けられるのはありがたい限りだ。
貧困に喘ぎ最期は過労死した元底辺社畜にとって実家が太いというのは非常にありがたいことである。折角金持ちのドラ息子に転生したのだから、俺は一生実家の金でニート生活を満喫する気満々。
超能力者になるのにはちょっと憧れるけど、それで命のやり取りをせねばならないのは勘弁。今度こそ長生きするためにも物騒な刀争奪戦なんかには絶対参加しないぞ! と心に誓ったのだが。
『サムライバル! t-reX!』
「うわマジか!?」
原作第1話。海外から成田空港経由で秘密裏に日本に持ち込まれた呪われた秘宝・スーパーサムライソード。それが偶発的な事故により千葉県・谷欠市全域にばら撒かれたその晩。
まるでそれが運命であるかのように、『X』の刀は竜崎家の窓ガラスを突き破って俺の部屋に飛び込んできて、中学の宿題をやっていた俺の背中に問答無用で突き刺さったのであった。
「ぐえー!?」
室内にあふれるまばゆい紫の光。紫の刃の刀に心臓を貫かれた鋭い痛み。俺はがき苦しみながらなんとか背中に刺さった刀を引き抜こうとするが、無駄だった。俺の刀が心臓に食われ、視界が一瞬紫に染まる。
「がは!?」
スーパーサムライソードは契約者をサムライバーにする代わりに心臓を奪う。
本来ならみずからの意思で鞘から引き抜かなければ契約には至らないはずなのに、何故か俺のところには抜き身で飛来しやがった。あれか? 転生者が事件から逃げるのはゆるさないよ的なサムシングか?
「俺、契約するつもりなかったんですけど!?」
契約してしまった。させられてしまった。
スーパーサムライソード争奪戦は純粋な殺し合いである。敵を倒して相手の心臓と融合した刀を奪えば当然相手は死ぬ。逆もまた然りで、Xの刀を奪われたら俺は死ぬ。
一度契約してしまった以上、現代医学で心臓と融合してしまった刀を引き剥がすのは不可能だ。
「それならせめてもっと強い力をくれよ!」
悲しいかなt-reXの刀は噛ませ犬丸出しのザコ能力だった。身体能力がティラノサウルス並みに強化される。ただそれだけ。という驚くべき汎用性のなさ。
皮膚が頑丈になり、筋肉は増強され、歯や爪も硬く鋭くなるのだが、本当にただそれだけ。ただでさえ弱いのに公式設定資料集では『恐竜なので寒さに弱いぞ!』とかいういらん弱点まで後付けされてしまう不遇っぷり。
せめてティラノサウルスに変身できたなら! いやそれはそれで死亡フラグか。巨大化能力なんてそれこそ倒してくださいって言ってるようなもんだからな。
それに、いきなり街中にティラノサウルスが現れ暴れ出したら絶対大騒ぎになるだろうし。
「クソう! やるしかないのか!」
26本の刀をすべて集めた者はどんな願いも叶う。だから奪い取れ。俺の心臓と融合したXの刀がそんな誘惑を囁いてくる。某ベテラン大御所男性声優さんの声で。
だがそれは真っ赤な嘘。
呪われた秘宝・スーパーサムライソードには契約者の欲望や負の感情を増幅させる呪いがかけられている。それは刀に封印された欲望の悪鬼ゴルディオニの仕業だ。
かつてこの世界を滅ぼさんと暗躍し、いにしえの侍戦士たちに討伐されその魂を26本の刀に分割封印された世界の破壊者。
そんな欲望の悪鬼ゴルディオニは刀争奪戦で犠牲になった26名分の参加者の心臓を生贄に封印を解いて復活するつもりなのだ。
どんな願いも叶うというのは参加者にコロシアイを強いるための方便に過ぎない。最後に勝ち残った優勝者の願いを叶えるつもりなんて、奴にはサラサラないのである。
「どうしてもやるしかないのなら、やるけどさあ!」
原作の結末を知っている俺がスーパーサムライソード争奪戦に参加する理由なんてまるでなかったのに。でもまさか、刀の方から俺を迎えに来るとは思わないじゃないか! 転生者が事件から逃げるなんてゆるさないぞ的な運命の強制力か? なんて理不尽な!
「運命のバカヤロー!」
サムライバー図鑑
A ? 斬月ライザ/サムライバー斬月
J ? 葉隠ナデシコ
t-reX 紫 竜崎ディノ