第9話 新しき者
カルノットさんの村からしばらく来た。もうすぐアキフリューゼが見えてくるはずだ。そうしたら
「あのっ! ハルトリー=グランデルムさんですよね!」
「ッ!」
いつの間に! さっきまでは気配すらなかったはずだ! それに
「そのシンボル……破壊だな? 何の用だ! 王国が! 僕に! 何の用だッ!」
「あっ、えとえと……その、捕まえようとか思ってる訳じゃなくて」
「うるせぇ! 王国兵が何の用だ! 僕を捕まえること以外に何か用があるのか!」
「ちょっと落ち着いて、話を聞いてくれませんか?」
「あぁ!? お前らが、お前らが俺にした仕打ちを忘れたって訳じゃねぇだろ! 落ち着いていられるかよ……落ち着いていられるかよぉ!」
殺しに来たのか? 捕縛か? なんにせよここで捕まる訳には行かねぇ。そうだ、魔族への復讐の前に……
「王国への復讐だ」
相手は子供、今の僕なら遅れは取らない。例えそれが破壊の勇者の兵士だとしても!
「違うんですッ! これは王国兵を欺くための!」
そう言ってマントを脱ぎ捨てる子供。だが、それがなんだと言うのだ。欺くため? 嘘に決まっている!
「信じられるわけがねぇだろ! これ以上僕に近付くな! 近付けば」
「近づけば?」
「……お前の首を刎てやる」
「それは恐ろしいですね」
「何をしに来た、殺すにしろ捕まえるにしろ最初に声をかける前に行動を起こすべきだ! 何がしたい! 僕に何をしようと」
「私はピノ。ピノ=ハクマリン。貴方を助けたいのです」
コイツは何を言っているんだ……僕を助ける? 有り得ない。
「僕は王国に追われている身だ。助けたいなんて分かりやすい嘘」
「嘘じゃないです! ずっと見てました! 貴方が……貴方がどれ程の人を助けてきたのか! 王国に居た時からずっと!
困っている人を見捨てておけない人、どんなに小さな困り事でも必ず助けてくれる人。道に迷った子供と親を探してくれた人、喧嘩の仲裁に入って両方からボコボコにされる人、ご老人の荷物を自ら運ぶ人、悪人を絶対に許さない人。全部見ていました!」
だからなんだと言うんだ……だから
「私はそんな貴方に憧れていました! 王国の決定は間違えています! 貴方は……貴方こそが! 勇者であるべきです!」
そんな事を言ったって……
「そんな事を言ったって君のマントは勇者の騎士だろう……信じられるわけが」
「だったらこうします!」
彼女は自らのマントに剣を突き刺した。王国の国旗と勇者の聖剣を分かつように。
それ即ち、王国への叛逆の印。
「これで……信じて貰えますか?」
「……」
「私は貴方を助けたい。こんな世の中間違えていると声を上げたい! 貴方と共に魔族と戦いたい! 貴方の……勇者様の隣に立ちたいのです!」
勇者。僕は……勇者なのだろうか?
「それでも……それでも信じられないと言うなら諦めます。しかし! 少しでも……ほんの少しだけでも、信じて頂けたなら……どうか隣に置いてください」
頭を下げる彼女。もし仮に万が一彼女が王国兵の手先なら王国旗に剣を突き刺すようなことは出来ないだろう。どのような事があっても王国兵は王国旗を汚すことは出来ないのだから。
「分かった。ただし、まだ信じたわけじゃない」
「ありがとうございます! えとえと、ハルトリー様」
「様はいらない。僕は勇者じゃないから」
「分かりました……では、ハル様!」
「いやだから様は要らな……ん?」
「えーっと……じゃあ、ハル!」
この一瞬で名前まで短縮するか? 普通。やっぱり勇者騎士は普通じゃないのかもしれないな……いや、この子が特別変なだけかもしれん。勇者騎士で括るのは些か可哀想か。
「ハル! 先ずはどこに行くのですか?」
「あー、そうだな。今はアキフリューゼを目指している」
もう目の前だ。
〜〜〜〜〜〜
「次! 身分の証明ができる物を!」
しまった……流石に王国を出たとはいえ、勇者であることがバレれば時間が取られるのは間違いない。衛兵のやつも同様だよな……
「これです! この人は私の付き添い人ですから大丈夫ですよね?」
「拝見する。……ん?」
おや?
「いやいや……え?」
「どうかしましたか?」
「あっ、いや! 大変な失礼をお許しください! どうぞ!」
素通りかよ。何を見せたんだ?
「おい、ピノ、お前何を見せた?」
「えっ? あー、勇者騎士証明書です!」
「あー……そうか。そうだよな」
「?」
「いや、ほら今の僕はお尋ね者みたいな感じだからさ」
あんまり目立つことはして欲しくないなぁって思うんだけどなぁ。
「ハルは何を言ってるんです? 王国ではそうかもしれませんが、アキフリューゼでは関係無いでしょう? 全世界指名手配されてるわけでもないんですから」
「そうかもしれんけどさぁ」
「あー、だから身分証出さなかったんですね?」
「流石にステータスプレートは勇者の名前が入ってるし、衛兵証明も王国ギルドの名前が入ってるからなぁ」
「確かにそれだと危ないかもですね……王国は関係無い国とはいえ、王国関係者が居る可能性も否定できませんし。とはいえ、そのままだと不便ですよねぇ」
そうなんだよなぁ。今後必ずと言っていいほど身分証は必要になるし……
「えとえと、とりあえずは宿の確保をしちゃいましょー! その後どうするか考えませんか? 私野宿はもう嫌ですよ」
そうだな。野宿は勘弁だ。
〜〜〜〜〜〜
「2人でぇ? だったら銀貨2枚だよ。食事も付けるなら銀貨2枚と銅貨3枚だ」
「……なぁ、お前金は持ってるか?」
「やだなぁ、ハル……持ってるわけないじゃないですか!」
……どうすんだよぉ!
「なんだい! 冷やかしかい!? これでもウチはこの辺では安くしてるはずさね! 払えないなら帰った帰った!」
バタンッ!
「はぁ。職なし、金なし、住居なし。お前どうするつもりでここまで来たんだ?」
「あんなにも自信満々だったのでお金の心配は無いんだろうなって、思ってました!」
「……はぁ」
「さっきからため息しかついてないじゃないですか」
「誰のせいだよ! あのなぁ! お前僕の事知ってたんだろ!? だったらなんで旅してるのかも知ってんだろ!」
「ええ、もちろん!」
「だったらなんで気が付かねぇかなぁ……いきなり王国を追われて金なんか持ってるわけねぇだろ」
「ハッ! 確かに!」
ダメだこいつ。アホの子すぎる。
「うーん。でもでも! とりあえずギルドでお仕事さえ見つけられれば」
「その、ギルドに、どうやって仕事をもらいに行くんだ? ぼ・く・は! 身分証が出せないんだぞ!」
「ハッ! 確かに!」
こいつ……流石にアホすぎやしないか!? 置いてくるべきだったやもしれん。
「今、私を置いていこうとしませんでした?」
勘だけは鋭い!
「失礼ですね。勘だけじゃないですよ! 実力だってあります! 一応これでも勇者騎士なんですから!」
いやほんっとに怖いレベルの読心術!
「あっ、そうだそうだ! そもそも、ハルが仕事をする必要は無いんじゃないです? 私だけならお仕事出来ますし」
「いやそれはヤダ。なんかお前に生殺与奪を握られそう」
「しっつれいですね!」
とはいえ今日はどうしようも無い……こいつに頼るのは本当に嫌だが、今日だけだ。今日だけ! 明日からは僕もちゃんとした仕事をする!
「そういって2ヶ月、僕は未だに職につけていない」
「やめろバカ!」
本当にこいつ置いてくるべきだった……
〜〜〜〜〜〜
そして1週間。僕は未だ職につけていない。
「ほら! 言ったじゃないですか!」
「2ヶ月じゃない。1週間だ」
「そのままズルズルと2ヶ月ですよ!」
本当にその通りになりそうで怖い。何かしらの打開策をと探さねぇと……
「それじゃあ私はお仕事して来ますね!」
「あいよ、気を付けてな」
「はいっ!」
てかアイツ結局なんの仕事をしてるんだ? まぁ恐らく冒険者関連なんだろうが、格安宿とはいえ、1週間泊まりっぱなし。その日の内に金になる仕事なんてロクなもんじゃ……いやいやまさかな? そんなやべぇ仕事に手は出してねぇよな?
僕は慌てて部屋を飛び出す。今ならまだすぐそこに居るはずだ。せめてなんの仕事をしたのかだけは聞いておかなきゃならないと、僕の中で僕が叫ぶ。
しかし、宿を出ても既にピノは居なかった。探しても、探しても、どこを探しても見当たらない。
路地裏まで目を通した。見つからない。
冒険者ギルドに聞いたがピノは来ていないと答えられた。見つからない。
街の人達にも片っ端から声をかけた。見つからない。
見つからない見つからない見つからない見つからない見つからない見つからない見つからない
見つからない。どこにも……居ない。
また裏切られたのだろうかと、そんな不安が募る。たった1週間。しかし、その1週間でそこそこ打ち解けられたと思う。そんな矢先にこれだ。もう僕は何も信じることが出来ない。
宿に戻ろう。荷物を纏めて次の街へ向かう。魔族さえ根絶やしにすれば、王国さえ滅ぼしてしまえば……そこで僕の冒険は終わることが出来るのだから。
「えっ! ハル!? あっいやちょっと待って……」
宿の前に小さな女の子がいる。この1週間で嫌という程声を聞かされた少女。身体中ボロボロにして宿の前に立っている。
「ピノ……?」
「いやいや、これはその違くて!」
「どこで何してた」
「えっと、冒険者の皆様と一緒に」
「適当な嘘をつくんじゃねぇ!」
冒険者ギルドには確認済みだ! この街のギルドに登録はされていない!
「嘘じゃ」
「嘘だろ! 登録も無しに冒険者と行動したっていうのか!?」
「あっ……いや……その」
「答えろ。どこで……何をした」
ここでどんな回答が来たって僕に攻める資格は無い。ここで生活出来ていたのはこいつのおかげだ。だから責め立てたって何にもならない。だが……聞いておかねばならないと、僕がそう思っただけだ。
「それは……えと……」
「おっ? 嬢ちゃん! いい所に……」
路地裏からでてきた明らかに訳ありな男。ソイツがピノに声を掛ける。
「あっ……」
「なんだぁその男? まぁいい。明日も指定した時間にいつもの場所でな! 来なかったら……分かってるよな?」
こいつ、何をしたんだ?
「おい、待てよ」
「あぁ? テメェ……俺に触れるんじゃねぇよ。ぶち殺されてぇのか?」
「この子に……何をした」
「ハッ! オメェに関係あんのかよ!」
「ある。だから答えろ」
「チッ! 身売りだよ! 身売り」
……は?
勇者騎士
勇者に付き従う騎士団。王国の擁する騎士とは別であり、更に聖騎士とも別物である。構成員は勇者によって様々であり、商人を主にする者、戦士を主にする者、その他にも様々有るが、その全てに共通するのは勇者に対する絶対的な信頼。その物である。
勇者騎士の紋様は王国旗に各勇者の称号が左右に描かれるものであり、勇者と勇者騎士は王国と対等な立場であることを示している。