第7話 裏切り
どうしてこうなった! 何があった! 僕が、僕が何をしたって言うんだッ!
ハルトリーは森の中を駆ける。左肩には槍で貫かれた跡、太腿には矢が刺さっている。満身創痍だった。出血量も多く、このままでは長く持たない。
クソっ! クソがっ! 王国もギルドも、皆僕を裏切った! なんで! なんで僕がこんな目に!
遂に走る気力も失い、力無く近くの大木にもたれかかる。血痕は残っている。このままでは王国兵に見つかるか、野生動物に食われて死ぬ。
「あぁ、ここで死ぬのか……」
あの日、僕が部屋にいると衛兵と王国兵が完全武装で部屋に入ってきた。まるで犯罪者を見るような目で僕を見てきた。突き付けられた罪状は勇者騙り。僕はステータスプレートを見せたが、勇者の称号は育成機関でないと発行出来ないの一点張り。そして遂に王国兵が槍で僕の肩を……
「僕が……僕が何をしたって言うんだよ! 何もッ! 何も悪いことをして無いじゃないか! なんでッ! なんでこんな……こんなのってあんまりじゃないか……」
膝を抱き抱え頭を埋める。もう生きることを諦めていた。どうせ死ぬ。勇者騙りは王国では死罪だ。捕まれば死。しかし、この怪我ではどの道この森では助からない。
そしてその時は来た。
ガサッガサガサ
草を掻き分ける音。足音的に獣の類では無い。兵士に追いつかれたのか。
「ナンだおめぇ! コナところでナニしてるだぁ!? って怪我シテるじゃネェか! ちょと傷口ミしてみろ!」
顔を上げると毛むくじゃらのおっさんがいた。かなり訛りが酷い。確か王国の近くには先住民の方がいるって話だったっけか。でも……どうせ僕の素性が知れれば兵士の元に連れていかれるんだろう。
「離して……ください」
「いンや! ミしてみろ。そん怪我じゃ長クはモだね! 治療してヤっからミしてみろ!」
「辞めてください……僕はもういいんです」
「ナニ言ってダ!オレの村じゃ困っとルやつ助けねんノは掟に反すル! オレの為にも治させテくれ!」
もう……なんか……めんどくさく……なってきたな。
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体が重い。目を開けるのが億劫だ。呼吸することさえやる気が起きない。あぁ、僕はまだ生きているんだな。いっその事殺してくれれば良かったのに。
「オい! 起きロ、飯にすル」
無理やり体を起こせば森で出会ったおっさんがいた。
「どうダ? どこカ痛ムか?」
「いや……大丈夫だ。ありがとう」
「そうカ! よカった! ほれ! 飯ば食エ!」
出された飯は王国では見たことの無い料理だった。正直なところ見た目は最悪だ。動物の見た目そのまま汁物にしたような感じで、匂いも獣臭が半端じゃない。
「悪ィな、王国かラ来たなラもっと良いもン食ってンだろうけどよォ……俺だちノ村じゃコレが精一杯だ」
ふと扉の方を除けば小さな子供たちが羨ましそうに眺めている。恐らくこの村ではご馳走なのだろう。
「子供達が外にいるみたいだが」
「ン? あっ! オメだち近づクなって言っタべ!」
「あっいや、これ僕一人じゃ食べきれないと思うからさ……もし良かったら皆にも」
「オメこの位も食えねェってのか! もっトしっかり食っテ丈夫にならねばダメだろ! とはいえ……食えねェって人に無理やリ食わせンのも酷だわナ」
「あぁ」
「わがっダ! ホラ! オメだち、この人に感謝ばシて食いナ!」
「わーーーい!!!!」
外にいた子供たちが流れ込んでくる。オッサンは皿を新しく持ってきて取り分けていた。……いや待てどんだけ居るんだ? もう既に2桁は超えたぞ?
「ねーねー! お兄ちゃんはどこから来たのー?」
「なんで来たのー?」
「その剣見せてー!」
「あそぼー!」
「もっと食べてもいい?」
「ダメだ」
「ケチー!」
「遊ぼーよー!」
喧しい。
「ほーラ、オメだちこの人は疲れてんダ。外さ出て食エ!」
「「はーーーーーい!!!」」
やっと静かになった。子供ってのはエネルギッシュで羨ましいよ。
「悪ィな。コンところ村以外ノ人さここ来ねェからよ。珍しいンだべ」
なるほどな。
「ヨシ! 飯ば食い終えダラ、皿だケその辺さ投げといテけれ! その後は寝てロ! 俺は仕事さして来るかラ」
それだけ言い残してオッサンは部屋を出ていった。
鍋は見た目通りの味付けだったが、暖かい料理は何故か涙が出てきた。
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あれから数週間、ここの人達の訛りにも慣れてきた。言うほど酷いものでもなかったから元から会話はできるほどだったが、聞きそびれることはほぼ無くなった。
「おっ! 起きたかぁ! 今日も手伝ってくれんのかい!?」
「えぇ、ただお世話になっているだけという訳にも行かないですからね」
「なんだい兄ちゃん! 育ちがいいってやつかい!」
「それ程でも」
他愛もない会話をしながら農作業を手伝う。かなりの重労働だが、ここの村には若手が少ない。見た目かなりの老齢の方も農作業を行っている中自分だけ寝ている訳には行かないだろう。
料理も教えた。調味料は買いに行ってもらうことになったが、それでもその後の料理を食べた村民の顔は驚きと喜びに溢れていた。
「おい兄ちゃん! オメも飲め飲めぇ!」
「ハッハッハ! 若ぇもんにはまだ早いだろ!」
今日も夜になると騒がしくなる。1日の疲れを酒で流す。そんな感じで酒をあおる村民たち。
「ほぉれ! ハル! 飲んでみ!」
「僕は飲めないですよカルノットさん」
最初に僕を助けてくれたオッサンはカルノットって言うらしい。アレからもずっと部屋に住まわせてくれている恩人だ。
そんなこんなで盛り上がってきたところで事件が起きる。
ガランガラン、ガランガランガラン!!!
侵入者を伝える鐘がなる。今までの雰囲気から一転、緊張感が走る。
「魔族だ! 魔族が来やがった!」
魔族。魔大陸に住まう住人。人間領までやってくることはほとんど無いはずだが……何故この村に?
「おやおや? 宴の最中でしたかな?」
既に間合いに入られた。いつからそこに居たのか分からないほど、気配を完全に消し去っていた。
「それは申し訳ないことをしました。しかし、私も仕事をしに来たので……とりあえず死に音頭」
最初に駆け込んできた見張りが餌食となった。魔法を食らった瞬間、その場で狂ったように踊り始め、身体を捻じ切って死んだ。
「ふむ、『コレ』ではありませんね。では次の」
「まっ、待て! 何が目的なんだ。誰かを探しているのか?」
カルノットさんが前に出た。危険だと声を上げるが聞き入れて貰えない。
「おや……おやおやおや、そうでしたそうでした。目的も伝えずに殺してしまっては探すのが大変になりますね。私の目的は新たなる器を探す為世界を旅しております」
新たなる器? なんだそりゃって感じだが、こんな奴が世界中を回る? どれだけの人を犠牲にするつもりなんだ!
「そこで、今ここに器ですよって方はいませんかね? 名乗り出てくれると非常に助かるのですが……」
「器っつうのがどんなモンなんかもわがんねぇのに自分がそうかなんてわがんねぇべ! わげわがんねぇことば言ってねぇでとっとと失せやがれ!」
「ふむ……アナタは違うようですね。では操り人形」
瞬間カルノットさんが崩れ落ちる。その目には生気が無かった。
「さて、可愛い私の操り人形よ、器を探しなさい!」
カルノットさんが動き始める。ぎこちなく、人らしい動きをせずに近くの村人に近寄る。そして
グチャッ
頭を粉砕した。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
「おやおや……『ソレ』は器ではなかったですよ? 私は器を探せと命じたはずですが……ふむ、興味深い結果になりましたね」
何が起きているんだ? あの魔族はカルノットさんに何をした?
僕は剣を引き抜いていた。何か考えがあった訳では無い。ただ、この魔族は生かしておく訳には行かないと、僕の心の奥底で何かが叫んだ気がした。
「おっと、戦う気でしょうか? あまりオススメは致しませんが」
「うるせぇ! カルノットさんを解放しやがれ!」
「解放しろと申されましても……もう既にこの方は……」
嘘……だろ? さっきまで普通に話していたじゃないか。今だって自分の足で立って……そして村人の頭を……
「ッ! 切り捨てろ! 魔族殺し」
「おぉ、危ないですね。それは……エンチャントですか。面白い、興味深い! 是非、是非欲しい!」
魔族の背中から多数の触手が生えてくる。僕を囲うように迫ってくる触手を剣を振るだけで切り捨てる。
「良いですよ! それでこそエンチャントです! 初めて見ましたが素晴らしいものですね! えぇ、本当に素晴らしいです! ますます欲しくなりました!」
許さない。僕は……僕はこいつを許さない!
コイツはここで……『俺』が切り捨てる!
「おぉ……おぉ? あぁ、私はここで終わりですね? 凄い、素晴らしい、コレが……死! この私を……剣……で……殺す……とは!」
何が起きたのか全く理解できなかった。突然魔族が襲撃してきて、村人を殺した。僕は怒りに任せて剣を抜いた。その瞬間から僕の中に僕では無い、ナニかが居た。そして、魔族は死んだ。
訳が分からぬままハルトリーは気を失った。
魔族
人に似た姿から異形の姿まで多彩な姿を持つ生き物。人に対し明らかに敵対をしている存在であり、過去には魔族を率いる魔王と呼ばれる存在も居た。
始祖の勇者により討伐されたと伝えられているが、最近復活が近いという噂が後を絶たない。
圧倒的魔力総量を持ち、人の思考を理解しようとしない。基本は個体で活動するものの、時々群れを形成する者も現れる。