第3話 ハルトリー=グランデルムという少年
ハルトリーグランデルム。王都近くの小さな村で生まれた勇者の卵。15のスキル診断の際伝えられた勇卵であること。そこからハルトリーは王都にて卵の孵化作業を始めることとなった。
最初は適正の確認だった。魔に適性があるのか、剣に適性があるのか、それとも全く別の適正なのか。ここは慎重に確認しなければならない。勇卵を孵すには適正のある訓練をこなさなければならないからだ。剣に適正のあるものが魔の訓練を行ったとしても卵が孵ることは無い。昔の書に記されていることである。
魔の適性がないことは直ぐに発覚した。勇卵であるが故に普通の人間と比べれば多少ステータスは高いものの、それでも魔法ステータスが低かったのだ。念の為魔法も使わせたが、結果は酷いものであった。
癒についても魔ほど適性がない訳では無いがそこまで伸びるものでもなかった。必要最低限、冒険者で持っていたら嬉しい程度のステータスである。四肢欠損等は回復出来ず、大きな怪我を治すのも莫大な魔力と時間を使用する。
剣は比較的、勇卵であれば皆伸びるものであるが、ハルトリーは人一倍伸びが良かった。16の時には岩を斬り、17の時には僅かながらに空気を切り裂いた。
それでも、勇卵であればこの程度はよくあることである。20歳のタイムリミットまでに勇卵が孵ることが無ければ勇者にはなれない。
今年の勇者候補は皆優秀であった。魔力に秀でた者も、治癒力に秀でた者も。あまつさえ剣魔両方に秀でた者まで。誰もハルトリーには期待していなかった。ハルトリー自身も期待していなかったのだから。
子供とは残酷なものである。自分より劣る者に対し攻撃的になる者も多かった。ハルトリーは標的になるのに時間はかからなかった。
修行と称し、模造剣で袋叩きにされた。新たな魔法の実験体として磔にされたこともあった。育成機関もそれを見て見ぬふりをしていた。
こんなに弱いやつが勇者になるはずがない。
ハルトリーが勇者育成機関に所属していた間呼吸するように言われた言葉だった。育成機関の職員は既に勇者は飽和状態だと考えていた為、どれだけ教えたとしても勇者にはなれないと考えていた。それ故に見て見ぬふりを続けたのだ。
しかし、ハルトリーは諦めていなかった。小さな頃から諦めが悪く、納得のいかない結果になった場合は如何にして解決するかを考える子供だった。逃げることなく、困難に立ち向かう。自分が劣っている訳では無い。まだ自分には成功体験がないだけ。1度でも成功すればコツを掴み伸ばすことが出来る子供だった。
それでも、世界は残酷であった。20歳の誕生日。ハルトリーは遂に卵が孵ることなく訓練を終えた。今年も勇者は出なかったと、そう発表がされると決定したその晩、事件は起きた。
「魔獣だ! 魔獣の群れが出た!」
王都に響き渡る声。魔獣の襲来だった。
本来魔獣は群れることはない。単体にして災害、それが魔獣。魔獣が群れで襲ってくるとなれば理由は1つ。魔獣を統べる力ある者の介入である。
王都に居た冒険者達は慌てて装備を整え正門に集まる。それを見ていた育成機関の生徒達は我先にと王都の中心地、王城のある所をめざし走り出していた。ただ一人を除いて。
「そのままじゃダメだ。魔獣は頭がいいんだ……人が集まればそこを目指す。王都の冒険者じゃ魔獣の群れを止めることは出来ない」
的確に分析を始める。王都の冒険者は決して弱い訳では無い。むしろ冒険者の中でも上位の成績者が多く占めている。しかし、それでも魔獣となれば各地の勇者が出張ってくる案件だ。それが群れとなれば……
「今回の群れは獣型がメイン、鳥型が少ないのは好都合だな。人型は今のところ確認出来ない、つまり魔法防御は低いはず!」
そして駆け出す1人の少年。向かう先は冒険者ギルド。
「皆!聞いてくれ!」
しかし、その声は喧騒に紛れて掻き消える。
「皆!」
「坊主! ここは危ねぇ! とっとと王城まで逃げな! なぁに、俺達だって冒険者さ! 勇者様達が辿り着くまでの時間稼ぎぐらいはしてやれるさ!」
相手にされない。それもそうだろう。だってこの場における少年は未だ魔物すら倒したことの無い未熟な少年なのだから。
「鳥型の魔獣がいたんだ! このままだと王城まで一直線だ! 魔法が使える人は王城の守りに」
「坊主!」
「人型は確認出来なかった! 魔法耐性は比較的低いはずだ! 獣型なら街の通路に誘いこめば少数に分断出来るはずです!」
最初に逃げろと声をかけてきた冒険者に苛立ちの表情が見える。
「坊主! お前が居ても何も出来ねぇんだ! 自分達を守るのでも精一杯な量の魔獣だ、お前を守ってやれねぇんだ! だからとっとと逃げろ!」
この冒険者の言うことは正しい。ただの防衛と何かを守護しながらの防衛では難易度が段違いである。それも冒険者として研鑽を積んできた者ではなく、戦い方を教えられただけの子供を守るとなれば自分の命も危うい。
少しでも被害を抑えるためには民間人は危険地域から離脱させるのが最優先である。しかし、
「逃げ場が無いんです! このままでは鳥型魔獣によって王城も落ちます! 今しかないんです! 魔法を扱える人達で王城の防衛を!」
「前衛に魔法使いが居なくなりゃ獣型も流れ込むだろうが! そうなりゃ蹂躙されるだけだ! いいか!? 俺達の目的は勝利じゃない! 時間稼ぎだ! 直近の勇者様は絶魔の勇者様だ! あの人が辿り着いてくれりゃ俺達の勝ちなんだよ!」
ぜ魔の勇者。剣も魔法も完璧に扱いこなす7代目勇者。歴代最強の勇者として、始祖の勇者と比較されることもある程の実力者である。
彼がこの地に辿り着けばこの状況は人類優勢に傾くだろう。しかし、それ迄にどれ程の被害が出るか。
「だから坊主は下がってろ! 大丈夫、俺達だって死ぬつもりは毛頭ねぇし、王城だって守ってみせる。だから安心し」
そこまで言った冒険者が轟音と共に吹き飛ばされる。冒険者ギルドの壁が大きく損壊していた。その先にたっていたのは大柄の熊型魔獣。冒険者ギルドもそこそこ壁から離れた内地に存在しているはずだったが既にここまで魔獣が攻めてきていたのだ。
「クソっ! 早すぎるっしょ! 常闇祓いし光りの精よ! 彼の者に生命の源を分け与えたまえ! ヒーリング!」
咄嗟に近くにいた冒険者が先程までの大男を回復させる。しかし、魔獣に対応できる者がこの場には
「我が剣よ、悪意に怯える我が御魂を救たまえ! キラーエンチャント!」
ハルトリーの持つ剣にオーラが纏う。キラーエンチャント、属性はアンチ魔獣。訓練の最中手に入れたスキルの1つで敵に対し有効な属性を剣に付与するスキルである。
つまりこの場において魔獣に対応出来るものはハルトリー。しかし、ハルトリーただ一人であった。
王国を護る7人の勇者。通称七宝剣。それぞれの勇者には王国旗とそれぞれの勇者の聖剣が記された特殊な刺繍の入ったシンボルがある。それぞれの勇者は王国を護る剣として王国各地を治めている。