拒絶
吾朗は出社すると、秘書の求めを拒否した。
一人きりで窓の外の街を見下ろしていた。
自分は何を求めているのか。
この会社の成功だろうか。成功の結果、経済的に裕福になることだろうか。
……違う。
この耐え難い孤独を救ってくれる女と過ごすことだ。
吾朗は佳純の居場所を探した。
そして、祈るように目を閉じると、社長室から体が消えた。
佳純は焼き上がったパンを店に並べていた。
店は客が大勢入っていて、長い髪の男が必死にレジを打っていた。
店の扉が開くと禿頭の男が入ってきた。
「繁盛しているんだな」
声が大きいわけではない。見つめあっている訳でもない。
だが、大勢の客の声を飛び越えるように、禿頭の男の声が佳純の頭に入ってきた。
佳純は大きな憎しみが湧いてきた。
禿頭の男が指を鳴らすと、店の客が消えた。
だが、レジを打っていた男は消えていない。
「ちょっと待て、お前、今、何を!」
レジを打っていた長髪の男が禿頭の男に近づいてくる。
「このモデルには欠陥がある」
禿頭の男がそう言うと、長髪の男の手首を握りつぶした。
「OFFだ」
長髪の男の顔から、怒りが消えた。
禿頭の男はレジを指さして、言った。
「いいか、俺はこの女に用がある。お前は下がっていろ」
そして佳純を振り返る。
「いい加減、この男とは別れろ。俺の元にこい」
「……」
佳純の記憶には存在しないはずのこの男のことを、突然思い出した。
湖畔の食事処で、夜のバーの中で、料亭で、カフェで。
いや、ずっとこのパン屋を経営していたはずだ。
なぜ、そんな場面が思い出されるのか。
ずっと拒否してきたから?
「俺は神だ」
どうして聞いた覚えがあるのか。
佳純には分からなかった。
「あんたみたいなのが、神なわけないでしょ」
「いいから俺を受け入れろ」
佳純は怒りに任せて言い返そうとしたが、違和感があり出来なかった。
違和感がわかってきた。
それは吐き気だった。
吐き気があるだけで、吐いてはいない。
だが、吐き気のせいか、佳純は突然、何も見えなくなった。
今、彼女は上も下も、前も後ろも識別できないほど黒い世界にいる。
その黒い世界の遠く、遥か遠くで、見えないが赤いランプの点滅が感じられるだけだった。
暗闇の中で、自らの体だけが感じられる。
私のおなか……
強い拒絶。
その瞬間、佳純が吾朗の目の前から消えた。
いや、姿は存在する。しっかり目に見えている。
吾朗は何もしないうちに佳純が勝手に『OFF』になったことを感じた。
何が起こったのかを探っていく。
この世界の出来事ではない。
と言うことは?
「まさか……」
思いをめぐらせる。
もしそうなら……
吾朗はある決断をした。




