説得
吾朗は佳純に手を伸ばしかけ、やめた。
「俺を受け入れろ」
いつものようにそのまま手を触れていたらまた『OFF』になっていただろう。
吾朗は必死に自分の行動を押さえ込んだ。
「さっきも言ったが、俺はこの世界で神だ」
「いやです」
「逃げても無駄だ」
佳純は首を横に振るばかりだ。
「どうしてわからない」
「突然現れた魔法使いのような男を、何を根拠に信じろと」
「君はこの世界が現実だと思っているだろう」
佳純は反射的に耳を手で覆った。
「!」
吾朗は突然周囲から視線を感じた。
何かが見張っている。
吾朗は考えた。
言動からフラグが立ったのだ。
「いいから俺のものになれ」
もっといい口説き文句が出ないだろうか。
吾朗は悔しくなった。
「俺を拒まないでくれ……」
佳純は体が小刻みに震え、全く吾朗の言うことを聞いていない。
「俺は諦めない」
吾朗は自分自身の手首を強く握り込むと、体がスカスカの粒子になり、粒子が一斉に発光すると、消えてしまった。
吾朗は部屋にいた。
吾朗が今知るところまでしかわかっていないのか、それともさらに奥底が存在するのか。
世界の仕組みではなく、さらにその外の世界を知る必要がある。
吾朗は再び、先人たちが残した記録を調べ始めた。
そして、ある記録に辿り着く。
『それは繰り返し行われる』
誰かに知られないように、それぞれを短い文章にして、様々な意味に捉えられるようにしてある。
『それで特殊な条件が揃えば覚醒できる』
それ、も様々な言い換えをしているから、パッと見では理解できない。
『それをやれる人間を見つけた』
吾朗はその先の情報も手に入れたが、具体的な内容に踏み込まれていて理解ができなかった。
悩みながら、吾朗は決断した。
先人たちも最初からその具体的な内容ができたわけではない。
もっと原始的な方法で解決することもできる。
吾朗はその方法を選んだ。
方法には時間が必要だった。
吾朗は日々を過ごしてチャンスを待った。
そして、その日がやってくる。
「社長!?」
吾朗は秘書の呼び掛けに顔も向けず、
「今日は暇がないんだ」
とだけ言ってエレベータに乗り込んだ。
車を走らせ、郊外にあるフェンスで囲まれた大きな敷地に入っていく。
守衛所があるが、ゲート横にカード読み取り装置が置いてある。
吾朗は何も持っていない右手を、カード読み取り装置に近づけた。
すると、右手に一枚のカードが現れた。
長髪の男を倒した高電圧を発生させる機械のように、この世界の魔法を使ったのだ。
吾朗はそのまま手にしたカードを装置に近づける。
照合OKの表示とともに、ゲートが横に開いていく。
無からカードを取り出したことが監視カメラで見ていたら、不審に思われたに違いない。だが、吾朗は呼び止められることもなく敷地の中に入って行った。
敷地の奥に車を停めると、吾朗は窓のない大きな建物の一角にある扉に近づいていった。
扉にはゲートにあったものと同じカードの読み取り装置が付いていて、警戒中であるLEDが点灯していた。
さっき手にしたカードを近づけると、同じように反応して扉が開いた。
吾朗は中に入っていく。
そこは一本の通路になっていて、突き当たりは壁になっていた。
その突き当たりの壁の天井からは、これ見よがしに大きい監視カメラが吊ってあり、通路を通る人間を撮影していた。
禿頭の吾朗が、指で頭皮をなぞると、そこに髪が現れた。
取り出したスマフォを使って髪を整えると、今度は指で自らの目鼻や眉、ホクロなどを変化させていった。
魔法。
瞬間移動したり、何もないところからカードを取り出したり、顔を作り変えたりすることが出来る魔法。
だが、そこまで出来ても、まだ出来ないことがある。それを成し遂げるために吾朗はここにやってきたのだ。
顔を作り変えた吾朗が奥の壁へと進むと、吊り下げられたカメラで認証された。
突き当たりの壁にどこからか光が差し込み、文字列が表示される。
吾朗は文字列を読み込んでニヤリと笑うと、その場から姿を消した。