魔法
髪の長い、小柄な女性が店の前を掃き掃除していた。
店の扉が開くと、中から白い和帽子をかぶった男が出てきて、女性に声をかける。
「佳純、掃除はもういいだろう。風邪を引くぞ」
「大丈夫よ。キリのいいところまでやったら終わるから、あなたこと店の中にいて」
佳純と男は顔を見合わせて、微笑むと男は中に入った。
「佳純というのか」
店の前に突然男が現れた。
その男というのは、吾朗だった。
「失礼ですが、どなたですか」
「わかっているだろう!?」
吾朗は、佳純の箒を持っている方を手を取った。
「!」
強い拒否の感情が、吾朗に流れてくる。
「あ、あの、これはどういう意味でしょうか……」
「OFFしたか。ふん、もうそのやり方は学んだ」
吾朗は佳純の手を、強く握り込んだ。
手の先が青ざめるほど、強く絞り込むように握り込んでいると、あるところで変化が起こった。
吾朗の指が、佳純の体の中に入り込んでしまったのだ。
そして、完全に握り込んでしまった。
吾朗の握られた拳で、手首から腕と手が切り離されたように見える。
「……」
佳純は水槽の中の金魚のように、パクパクと口を開け閉めするが、声が出ない。
「ほら、なぜ腕がこんなに細くなっている。世界が矛盾を引き起こしているぞ」
「……」
佳純は手を振りほどこうとするが、吾朗に握り込まれた腕は微動だにしない。
その時だった。
佳純が消えた。
分子単位なのか細胞単位なのか、とにかく、細かい粒子に分解され、一つ一つが閃光を放った。
光が消えると同時に、佳純がいなくなっていた。
吾朗は握っていた手を開いた。
そこには何もなくなっていた。
「どこに移動しても、俺にはお前の居場所がわかる。それと、どれだけ拒否しても関係ない」
吾朗は誰もいない空間に向かってそう言った。
店の扉が開くと、店主と思われる白い和帽子をかぶった男が出てきた。
「佳純!?」
吾朗はその男の顔を見て、ニヤリと笑った。
「貴様、佳純に何した!」
「何をしたと思う?」
男は帽子を叩きつけると、長い髪が肩にかかった。
そして吾朗の胸ぐらを掴み掛かってくる。
「バカだな」
男が、吾朗のその言葉に頭にきて、殴りかかる。
男の拳は吾朗の頬にあたり、吾朗はそのまま床に倒れた。
「すみませんすみません」
吾朗は態度を豹変させ、非常に低姿勢になった。
「私は何もしていませんよ。佳純さんがどちらに行かれたのかも知りません」
「それならそれでいい。さっさと消えろ」
吾朗は、走り去っていった。
男は自分で床に叩きつけた和帽子を手に取り、埃をはらった。
帽子を被り直して、店の中に入ると、中には『消えたはずの』佳純がいた。
「ありがとう。変な客を追い払ってくれて」
男は首を捻りながらも、体を預けてくる佳純を抱きしめた。
吾朗は部屋のベッドで目を覚ました。
「これが『OFF』というやつか」
自分に言い聞かせるように、そう言った。
その『OFF』というのは、何度も調べた中で見つけたキーワードだった。
「面白い」
過負荷が掛かった時に、実体を守ために回路が『OFF』になる仕組みだ。
実体がない化身にも、同じように過負荷や矛盾が生じると『OFF』となりリセットがかかる。
ただ、吾朗にとってそんな機構はどうでも良かった。
彼にとって必要なものは『佳純』だった。
佳純をものにしたい。
純粋にそういうことだった。
最初に湖畔の食事処で出会い、次出会った時はバーの店員になっていた。そして今度は料亭の仲居だ。
同じ人物が、全く違和感なく世界の中で転移している。
亡霊か、別人に同じ亡霊が憑いたとか、様々なことを考えたが違う。
吾朗は世界の秘密に触れていた。
だから佳純がいる料亭の目の前に突然姿を現すことが出来たのだ。
そして『OFF』を利用し、ついさっき部屋のベッドで目を覚ました。
これは呪文の詠唱もなく発動する『魔法』のようなものだ。
世界の仕組みを利用した魔法。
吾朗の体に残っていた記憶から導き出した答え。
天井を見つめながら、笑った。
そして体の中に溢れ出す『全能感』を味わっていた。
コーヒーの香りで、佳純は気がついた。
「どうした? ボーッとして」
前掛けをした、髪の長い男はコーヒーを入れながらそう言った。
「なんでもない」
二人は本の数時間前、料亭で仲居と板前の関係だったことを覚えていない。
完全に世界は作り変えられていた。
扉が開くと、鈴が震えて爽やかな音を立てた。
「いらっしゃいませ」
髪を剃った、大柄な男が店に入ってくる。
佳純はその男に『違和感』を持った。
何か触れてはいけない何か。
「また会ったな」
佳純は体を震わせると、カウンターに入り、長髪の男の背中に回った。
「嫌われたもんだな」
禿頭の男は席に座ると、カウンターの方に声をかける。
「なあ、注文を取りに来ないのか?」
長髪の男が代わりに言う。
「私が承ります」
「どっちでもいい。まずはこっちに来い」
長髪の男が、佳純に「ここにいろ」と言うとカウンターを出て禿頭の男が座る席まで移動する。
「それで、ご注文は」
禿頭の男が何も持っていない手のひらを見せると、そこに突然、黒い機械が現れた。
機械の端と端には電極がある。
長髪の男は、禿頭の男にその機械を押し当てられた。
掛けられた高電圧から、長髪の男に電流が流れる。
高負荷を掛けられた男の中で、何かが『OFF』された。
禿頭の男は、倒れた長髪の男の足首を強く踏みつけた。
するとある瞬間、禿頭の男の足が、踏みつけている足を突き抜けた。
禿頭の男が笑う。
すると長髪の男は一瞬粒子状にバラバラになり、一粒一粒が小さく発光すると、消えた。
佳純は長髪の男が消えるところを見ていた。
「俺は神だ」
禿頭の男は、吾朗だった。
カウンターに近づいて行き、佳純に手を差し伸べる。
「俺を受け入れろ」




