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3/15

翌日

 吾朗は、翌日も午後のスケジュールをキャンセルして車を同じ湖畔に走らせた。

 同じ場所に車を停めると、歩きながら店を探した。

 しかし、あるべき場所に店がない。

 何もかも跡形もなく、無くなっている。

 記憶が間違っているのだろうか。

 吾朗は何度も考えているうち、昨日の出来事が急速に記憶から失われていくのを感じた。

 あっというまに思い出せなくなった吾朗は、怖くなって車に戻った。

「いや、昨日、確かに……」

 その先のことは何も出てこない。

 車のエンジンをかけた時には、何もかも完全に思い出せなくなっていた。

 日が暮れてくると、吾朗は車に乗り込んで家路についた。

 吾朗は自分の部屋に戻って、着替えると繁華街に出た。

 酒でも飲もう、吾朗は初見のバーに入った。

 カウンターには女性の店員が立っていた。

 髪型も、ほくろの位置も、肌の色も、何もかも記憶にはないはずの女性。

 だが、何かが吾朗の頭に蘇っていた。

 スツールに座ると、吾朗は女性に言った。

「マティーニを、ステアせずシェイクして」

「かしこまりました」

 女性が出来上がったマティーニを吾朗の前に置いた。

 その時、吾朗は女性の手をとった。

「君、もしかして」

「!」

 その瞬間、強烈に拒否されるの感情が、吾朗の中へと流れ込んだ。

 肌を通じて、意志が伝達できるとでもいうのだろうか。

 吾朗は生きてきた中で感じたことのない出来事に、驚いた。

「あの、お客様……」

 強く拒む訳ではなく、そっと手を抜いた。

 女性、紙ナプキンに何かメモを書いて、吾朗の手元にさりげなく置いた。

 それは女性の連絡先だった。

 吾朗は『違う』と思いながらも、その連絡先をポケットに入れた。

 その時、カウンターにいた、もう一人の店員に気がついた。

 もう一人の店員は男で、神はウエーブがかかっていて長かった。

 男を気にすることのない吾朗が、その店員に気づいた理由は、ものすごい形相で睨んできたからだった。

 だが、睨まれるようなことはしていない。

 したとすれば、女性の手を握ったことだ。

 それで睨むということは、例えば店員同士、恋愛関係にあったのだろうか。あるいはまだ恋愛関係には発展していない途中の関係か。

 それとも社則が厳しく、客に肌を触れさせるなという規則があるのかもしれない。

 いずれにせよ、吾朗は男の店員に睨まれた。

 吾朗も反発心から男を睨み返すと、店員は急に穏やかな表情にスイッチした。

「?」

 吾朗の体格と比較して、男が小さい訳ではない。睨み返したぐらいで日和(ひよ)ってくるくらいなら、最初から睨まなければいいのに、と吾朗は考えた。

 いや、日和った訳ではない。

 吾朗は『女性が強く拒んだ』と思った直後、連絡先を渡してきたのと同じことが、この男にも起こったのだ、と考えた。

 なんだろう。

 人が入れ替わった。そんな感覚だった。

 どんなマジシャンでもそんなことは出来ないだろう。だが、切り替わったとしか思えないような変化を感じていたのだ。

 とても感覚的なことで、論理的ではない。

 吾朗はマティーニを飲み干すと、女性の店員の前でその連絡先に電話を掛けた。

 店員は顔を真っ赤にしながら裏手に駆け戻ると、通話が始まった。

「今すぐ俺の部屋に来ないか」

「まだ勤務が……」

「そんなのいいだろ、店の外で待ってる」

 この女性を抱くことで、確かめられる。

 吾朗は勝手にそう決めつけていた。

 店の外で待っていると、女性が着替えて出てきた。

 そのまま歩いて吾朗の部屋に連れていくと、そのまま二人はシャワールームに入り、そこで体の関係を持った。

 女性は要求することはあったが、吾朗を拒むことはなかった。

 お互いが、疲れてベッドで横になっている時、吾朗は思った。

 最初に出会った時と、何もかも違う。

 昨日の湖畔にある食堂であった女と、今日バーにいた女性店員からは、同じ感じを受けた。

 だが、手を触れ、強く拒まれたと思った直後、女性との関係が一変した。

 憑きものが落ちたというか、あるいはその逆のように、見えない何かが変わった。そうに違いない。

 吾朗はその女性を家まで送っていくと、部屋に戻ってノートPCを開いた。

 単純に単語を使って調べて何か世界の謎が解けるとは、思っていなかった。

 だが、それでも、WWW(ワールドワイドウェブ)に漂う情報を探す以外に頼るものがなかった。

 朝になり、出社し、社長室に入っても、その探索は続けられた。

 思いつく限りの単語で調べる。

 だが、見つかるのは吾朗と同じような経験をした人間の逸話だけ。

 その逸話は普通では考えられないほどネット上にアップされていた。

 この男の経験談の中に、何か隠された情報があるのではないか。

 文書を全て、徹底的に読み下した。

 しかし、直接文字コードとして表現される内容からは得られるものはなかった。

 次に吾朗は、全ての文字を選択して、背景と同じ色の文字で見えないワードを表現していないか、とか何か謎のリンク先がないか、などその内容以外に何か隠れた情報がないかを探し始めた。

 そんな風に、文書内の情報を可能な限り調べたが、何も得られるものはなかった。

 吾朗が何も相手をしてやらなかったせいで、秘書も呆れて先に帰ってしまい、人のいなくなった社内で吾朗は情報を探し続けた。

 ブラウザに並ぶ文字を漠然と眺め、マウスホイールでスクロールしていた時だった。

 眠気に耐えきれず、吾朗はキーボードの上にスマフォを落とした。

「!」

 落としたスマフォが、コントロールキーを押しっぱなしにした。

 同時に行ったホイール操作で、ブラウザに並ぶ文字が拡大したり、縮小された。

 文字と文字の隙間が、書かれている文書を読むだけでは解らなかった文字を描き出した。

「これだ……」

 吾朗と同じ経験をした者のなかで、一人だけがこの人物の性格がスイッチするような現象をいくつも事例として書いていた。

 それらの文書群は、ある一定の拡大・縮小を行うことで、文章間の隙間などで文字コードでは表せない情報を生み出した。

 常に同じ拡大・縮小率ではなく、文書ごとに微妙に率を変えていた。

 吾朗は文書情報の隙間から、そうやって別の文字を取り出した。

 サイトの更新日付で文字を順番に並べると、あるメッセージが浮かんだ。

『OFF=AIに切り替わる』

 メッセージは吾朗の中にある『何か』を刺激した。

 突然、思い出したように吾朗は叫んだ。

 それは言葉にならない、限界の叫びだった。




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