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追憶

 直樹が、佳純と知り合ったのは三年ほど前だった。

 二人は同じ飲み屋で働いていた。

 佳純は言葉が少なく、影のある女性に思えていた。

 だから、直樹にとって容姿以外は興味の範囲外だった。

 ある日、飲み屋でトラブルがあった。

 客が頼んだ料理と出てきたものが違うと言うのだ。

 そもそも、客はメニュー内容を勘違いしており、店に客の欲した料理は存在しなかったのだ。

 間違えて出した料理を下げた方がいいのか、タダにして欲しいのか、佳純は終始下手に出ていたのだが、話しているうちに客が勝手に逆上してしまった。

 ちょうどその日は責任者がおらず、直樹が出ていくことになった。

 メニューのネーミングが悪いことや、似たような料理がないため、他に食べたいものがないかを聞いてサービスすると言って宥めると、次第に客が落ち着いてきた。

 直樹は先に佳純を上らせた。

 精一杯やったのに客があの態度。彼女は今日、これ以上、仕事もしたくないだろう。

 直樹は、続けて閉店まで働いた。

 支度を終えて、店を出ると、そこに佳純がいた。

『今日はありがとうございます』

 いつものくらい表情ではなく、別人のような明るい表情だった。

 直樹と佳純はその日から打ち解けたように話をするようになった。

 二人はシフトを同じ日に入れるようになり、直樹は佳純に惹かれていった。

 互いに仕事がない日には、会って食事をした。

 話をしていく中で、佳純の過去を知ってしまった。

『私、バツイチなんです』

 詳しく知ると、そんな軽い言い方では表現出来ない別れだった。

 佳純の夫だった男は、突然、十万人に一人の確率で発生する難病であることを告げられ、佳純はどうしていいか分からないまま、三ヶ月後に彼は亡くなっていた。

 同時に、佳純は彼の子供を妊娠していたことがわかる。

 初めは彼の病気で精神的に不安定であったために、遅れているのかと思っていた。

 一人で産んで、一人で育てる、その決意が強すぎた、と佳純は言っていたが、妊娠した状態で無理に働いた為、流れてしまった。

 夫の死と、お腹の子供の死で、絶望的な状況に追い込まれた佳純は、人との付き合い方を変えた。

 他人に深く関わらない。他人と仲良くしない。

 そうすることで、傷つかないように生きることにしたのだ。

 直樹は言った。

『それは違う』

 初めは、直樹が何を言っても佳純は微笑むだけだった。

 死んだように生きても、亡くなった夫も、生まれてくることが出来なかったその子供も、何も報われない。

 死んだように生きて満足しているのは、君のエゴだ、とまで言った。

 そんな風に二人が付き合い始めて、一年がたった頃だった。

『このネットの広告なんだけど』

 そう言って佳純は『仮想空間で暮らしませんか?』と言う謎の広告を見せてきた。

 初期費用以外は一切費用がかからず、永遠に仮想空間で暮らせると言うものだった。

 それは人々の楽しみのために仮想空間を提供するのではなく、仕事としてその空間にいてもらうと言うものだった。

『一人で行くのは怖いけど、直樹となら』

 俺は正直怖かった。

 脳に『仮想空間』での生活していることを知らせ、そこで生活する。

 体は生命維持装置のようなものの中に閉じ込められる。

 筋力はEMSで維持され、排泄は自動吸引し、栄養は直接血管に送られる。

 それで生命が維持できるとして、なぜ初期費用以外の金が掛からないのか。

 おそらく、何かを代替として提供しているはずだった。

 だが、そこは次のようなボンヤリとした説明だけで、それ以上何も分からない。

『皆様の睡眠時間を活用させていただきます』

 佳純はこの仮想空間の一人でも行くと言っていた。

 直樹はどうしても佳純と一緒にいたかった。

『けど、直樹。約束して欲しい。私が言い出すまで、結婚とかセックスのことは言い出さないで欲しいの。それを守ってくれる?』

 直樹は、その時、佳純とそういう関係に発展することが前提で、それを発言していると思っていた。

 だから、頷いた。

『約束する』

 そして、二人は仮想空間の中で二人で暮らし始めたのだ。

 湖の近くの食事処。

 客は少なく、飲み屋であったような拗れた客は来ない。

 クローズドで、平和。

 時間が経つうち、そこが仮想空間であることすら忘れていく。

 二人の為の幸せな世界だった。 

 ……吾朗が現れるまでは。




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