保守
直樹は街を歩いていた。
上着のポケットに手を突っ込み、目立たぬよう下を向いて歩いていた。
どこかにあるはずだ。
情報は手に入れていた。
後はそれを探し、見つけ、実行するだけだった。
数時間前、直樹は郊外にあるフェンスで囲まれた建物にいた。
カードや顔認証を突破すると、行き止まりの壁に文字が映った。
それを利用して侵入すると、その情報を得ることができる。
直樹はその情報を元に、この街を歩いていた。
街で、直樹は大勢の人間とすれ違う。
一見しただけで、だれが『OFF』で、だれがそうでないのか、わかるようになってきた。
「まるでゲームだ」
直樹はそう呟くと、建物の隅に出ている『清掃中』の立て札を見つけた。
その立て札の奥を見つめる。
女性用のトイレ。
「!」
何を思ったか、直樹はその立て札の奥へと進んでいく。
周りの数人が気づいたが、首をかしげる程度でそれを止めようとはしなかった。
清掃中の女性トイレ。
全ての個室の扉が開いているはずが、奥の一つだけが閉まっている。
直樹は両方の手のひらを、胸の前で広げ、そこをじっと見つめた。
不思議なことに、そこに斧が現れた。
そして奥の個室の前に立つと、扉に斧を振り込んだ。
大きな音がして扉が破れる。
中から声がする。
「うわっ!」
直樹はそのまま扉を蹴り開けた。
そこに男がいた。
蓋を閉じたトイレの上に、パソコンを胸に抱え、怯えたように座っている。
「……」
「禿頭の男に力を貸したな?」
男はパソコンを開こうとする。
直樹は右手を掴んだ。
「そのバグは……」
「お前が言う『バグ』の意味はなんだ? なんのバグだ? 現実世界にバグなんかない。不都合な真実があっても、それを事実として受け入れるしかないんだ」
男は自らの口を左手で押さえた。
「まさか…… 現実じゃないとでも」
「……」
直樹は男の右手を押さえたまま、首を絞めた。
「そうなんだな? 俺たちをこんなところに閉じ込めて」
そこまで言って、直樹は気づいた。
「佳純をどこにやった、お前知ってるんだろう」
男は苦しいながらも、激しく首を横に振る。
「仕組みを見せろ。お前が見ている世界を見せるんだ」
男は直樹の手を叩いてきた。
離せということのようだった。
直樹は右手は押さえたまま、絞めていた首を緩めた。
「取引しよう。僕が見ている世界の仕組みを教えるから、君はどうやってここに辿り着いたかを教えるんだ。それなら」
「お前が取引できる立場だと」
「だが、君にデメリットはないだろう?」
「ダメだ」
仕組みを知ったところで解決できない可能性がある。
直樹は慎重に言葉を選んだ。
「どうしてもやり遂げなければならないことがある。そこまでお前には付き合ってもらわねばならない」
「それはなんだ」
「本当の佳純の居場所だ」
男は考えていた。
時折、呼吸するような胸や腹の動き、瞬きも止まり、まるで投影された映像のようだった。
男が再び動き出すと、言った。
「分かった。まずそこまで一緒に確認しよう」
男のパソコンに次々と表示されていく内容を、直樹は懸命に追いかけた。
よく分からない円柱番号や、定期検診という言葉が繰り返し頭に入っていく。
男が追跡した結果を全て見せられた後、直樹は呆然としていた。
「これでいいだろう。お前がここに辿り着いた方法を……」
急に直樹は拳を握り込むと、男を脅した。
「まだだ!」
直樹は男の言葉を思い出していた。
『もしこれをすれば契約に違反することになる。僕はエンジアで契約の内容は知らない。契約に違反したとき、どうなるかも』
直樹は必死に思い出そうとしていた。
だが、どうやっても思い出せない。
直樹は禿頭の男が社長を務める会社に向かっていた。
受付で話をすると、すぐに社長室まで通された。
後ろで秘書が扉を閉めると、窓の外を見ていた禿頭の男が振り返った。
「直樹くんだったね。今日はどうしたんだ?」
「佳純を取り戻す」
「……そうか」
禿頭の男は興味がないと言った風に、また窓を向いてしまった。
「こっちが無知のままだと思ってるのか?」
「……」
椅子を回転させてゆっくりと直樹の方を振り向く。
「ここでお前に何ができる?」
「……今確証した」
それを聞いて禿頭の男は、落胆したように鼻息を吐いた。
「仕事があるんだ。出ていってもらえるかな」
直樹は大きな机の前に進み、手のひらを机に叩きつけた。
「必ず佳純を取り返す」
そう言うと、直樹は社長室を出ていった。