復讐
直樹は、部屋に戻った。
部屋に佳純はいない。
直樹と佳純は、愛し合っていたが、一緒に暮らすわけでもなく、籍を入れている訳でもなかった。
呼べばすぐここへやってくるだろう。
いつでもプロポーズすれば、良い返事が返ってくるだろう。
だが、直樹はそれをしてこなかった。
今になって、そのことを後悔していた。
直樹は佳純に電話を掛けた。
『うん、すぐいく』
今の佳純と一緒に暮らそうとか、そういうことを考えているのではない。
佳純が『空蝉』であることを感覚として知っているからだ。
なぜそんなことがあり得るのか。
直樹はその訳を知りたかった。
考えていると、時間が経っていた。
部屋のインターホンが鳴った。
直樹は玄関に行くと、佳純を部屋に入れた。
「急にどうしたの?」
「確かめたいことがあって」
「うん。それで?」
直樹は訊く。
「本当の佳純はどこにいった?」
「……何言っているの?」
「君はただ佳純と入れ替わっている他人だ」
佳純は目を丸くして言う。
「本当にどうしたの?」
「あの禿頭の男に何をされたんだ?」
「何もされてないわ」
佳純は両手を広げて何もないと訴える。
「どういう理由でヤキモチを焼いてるの? 何もないわよ」
「ヤキモチとか、そういうことじゃない」
「私は私、あの男に何かされたりしない」
直樹は俯くと、長い髪が顔の方へ垂れてくる。
それを後ろにかきあげながら、言う。
「じゃあ、なぜ俺と結婚していないんだ」
「そう言う約束だったじゃない」
「そんな約束した覚えない。一体いつのことだ?」
直樹はそう言った後、頭のどこかに引っかかるものを感じた。
佳純が言う通りだ。
俺たちはどこかでその約束をした。
結婚するかどうかを、ある時点で保留した。
その話し合いはずっと進展していない。
だからこの関係のままだったのだ。
だが、直樹はその『ある時点』が思い出せない。
「君がなぜ『約束』を知っている」
「ねぇ、本当に何を言っているの?」
「本当の佳純ではないのに、なぜ、俺との約束を知っている?」
佳純は怒ってみせた。
だが本気ではない。
直樹には分かった。だから空蝉なのだ。
「もう口もききたくない」
「……佳純、約束はいつしたんだ」
「ずっと昔」
「違う!」
直樹は佳純の手首を握った。
そして『OFF』になるまで握り込んだ。
「!」
佳純は目を閉じて、そこに倒れた。
だが体は消えない。
これまで知った事実からすれば、粒子のように分解され、各々が光り輝き消えていくはずだった。
消えて別の場所で佳純が再生される。
なぜそんな『不自然』なことが常識のように起こるのかは分からない。
だが、経験値として知っているのだ。
直樹はこれまで習ってきた知識や学問から考えて、それが正しいとは思えなかった。
一方で、頭のどこかでそれらの現象が『正しい』と言っている。
どうしてこの矛盾を抱えたまま平然としていられるのか。
この矛盾が解決できた時、真実を知ることができるのではないか。
直樹はなんとなくそう考えていた。
というか、そう考えるしか、それぞれの事実を受け入れることが出来なかった。
「佳純、起きろ」
自分で倒しておきながら、直樹は目を覚ませと言う。
抱き抱えて、無理やり椅子に佳純を座らせた。
「そうだ。ずっと昔だ。ずっと昔。そこに何かある。起きてくれ。起きて俺に教えてくれ」
だが、佳純は寝息をたてているだけで、目覚めない。
「……復讐してやる」
直樹は誓った。
本当の佳純を取り戻す。
あの禿頭の男。
あいつが何をやったのか。
必ず突き止めてやる。
直樹は怒りに任せて自分の拳を握り込んでいた。
だが今は禿頭の男に再度会うほど、謎に近づけていない。
直樹は、まず行き止まりの道でノートパソコンを抱えていた男にもう一度会おうと考えていた。
やつの知識があれば禿頭の男の裏をかける。
そんな気がしていた。
直樹はノートパソコンの男に会う方法を調べ、考え始めた。