投資
男は、自身のくせ毛の髪に指を絡ませ、耳にかからないように後ろに流した。
「私がCEOの中山ラノサです」
中山の体は大きく、口髭は剃っており下方の顎髭だけを蓄えていた。
右手を差し出すと、正面にいた小太りの男が、握り返した。
「路栄です。よろしく」
路は若かったが杖をついていた。
「投資価値があることの証明のため、今日は自慢の中央処理工場をお見せします」
「ここを『中央処理工場』そう呼ぶのですな」
路から見て中山の右手にいる女性が、とても薄く大きなタブレットを胸の前に掲げている。そこにこの工場の概要が表示されていく。
一万のスーパーコンピュータに対して、メンテナンスに要する人員は百十名だと表示される。
「これだけの高効率の処理環境を提供できるのは我が社だけです」
タブレットを持つ女性も中山と同時に微笑む。
路は言う。
「……この工場ができるにあたって、プロセッサの買い占めとか、そういう事態は起こらなかった。私は君たちが一体どうやってこの数のスーパーコンピューターを集めたのか、不思議でたまらないのだ」
「何も説明せず、信用していただけないでしょうか」
「そこが投資のキモだと思っている。維持や、新しいスーパーコンピュータの調達に問題があるようであれば……」
今、地球規模で計算量の不足が叫ばれていた。
化石燃料の過剰消費で起こった気候変動が限界を迎えていて、人類は早い段階で宇宙空間に脱出しなければならない。
宇宙ステーションの建設、移住、宇宙空間に適した人間の変化、特に長寿化と老化や強い宇宙線を受けてしまう事に伴う癌を抑制しなければならない。
最終的には移住可能な新しい惑星系への旅。
人類は未だかつてない危機に直面し、計算力が不足していた。
国家を超えた計算センターが続々と誕生し、計算センターは人類の問題を手分けして解決していく。
解決した問題が増えれば、さらに計算を進めないと解けない問題が発生する。
あるいはこれから出会う、未知の問題を予測するために計算力を使う。
そんな莫大な計算力が必要な時代に、地球の生み出す一割の計算力をこの工場が生み出していた。
この工場一つの経済的価値が主要な国家に匹敵している。
路はそれほどすごい工場であるのに、ライバル社等が一切この工場の秘密を知らないことが気になっていた。
「私も、そう簡単にこの工場の秘密を教えるわけにはいかないのです」
「しかし」
路の資産を別の企業に投資しても、この工場程度の計算力を作り出すことは可能だ。
だが、時間的、経済的コストが桁違いに悪くなる。
この会社に投資した方が効率がいいのは間違いない。
だがあまりに秘密が多く、そこが大きな不安要素になっているのだ。
秘密に対してのよくない噂が多すぎる。
「このままでは不安要素が多すぎる」
「では、途中までなら……」
中山が目配せすると、タブレットを持った女性は部屋を出ていく。
路はアイマスクをつけるように言われ、不安な顔をしながらもそれをつけた。
中山は扉の開閉を行い、路の手を引いて隣の部屋に引き入れた。
扉が完全に閉まると、中山はアイマスクを外させた。
「ここから先はチリ一つ入れたくない。規定の服を着てもらいます」
帽子やマスク、靴は履き替えさせられ、服の上に白い作業着を着せられた。
まさかここでプロセッサ自体も生産しているのか? と路は考えた。
普通は『データーセンター』を『中央処理工場』とは呼ばない。
中山のこの表現方法には、何か秘密があるに違いない。
「準備は良さそうですね。ここからは通常、見学する目的では作られていない為、少々窮屈な通路になります。覚悟してください」
エアシャワーを通って、細い通路にでる。
両サイドは窓も何もなく、前方暗い。近づくとセンサーが検知するのか、小さなLEDが点灯して通路を照らす。
中山ですら天井につきそうな背の低い通路だった。
天井、壁、床は全て白く、路はこの場所がデータセンターと言うより医療施設のように感じた。
「今、ここを開けます。ここは辛うじて見せることができる」
中山が開けた場所に行くと、そこからは工場内が俯瞰できた。
大きな円柱が横たわっているが複数並んでいる。
円柱には様々なケーブルが接続されていて、丸い底面に番号が記されている。数字の様子から、一万あると言っていたスーパーコンピューターがこの円柱の一つなのだろう。
「この円柱がスーパーコンピューターだということか」
「お察しの通りです」
今まで見たコンピューターのあり方とは違う気がした。
路は聞いた。
「量子コンピューター!?」
「そういう質問には答えかねます」
しかし、そういう推測でないと大きさと性能の関係が成り立たない。
工場の中、機器の近くで表示されている、スーパーコンピューターの状態を示していると思われる指標。これらも通路と同じように医療機関のような雰囲気が醸し出されている。
生体コンピューターか。
路はそれとなく感じ取った。
全く根拠のない計算性能ではない。秘密ではあるが確実に性能が出せる技術を持っているようだ。
中山は開けた場所を閉めてしまった。
「ここまでです。何もない空洞で計算をこなしているわけではないことが理解いただけましたか?」
「……」
「投資いただけませんか。ここまで要求してくるからには、こちらも」
「ああ」