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3人目の客 恋する乙女の死霊・ハンナ

 「いらっしゃい、ハンナちゃん」


 部屋へと入って来た私をとても清楚な雰囲気の漂う長いピンク髪の女性が優しく迎え入れてくれる。


 この『カーネイティア』の店で女性客から一番の人気を誇るエスティシャンのエスティ・リノアールさんだ。


 そのエスティさんが今日『カーネイティア』の店を訪れた私の施術を担当してくれる。

 

 3カ月待ちの期間を経て今日ようやくエスティさんの予約を取ることができたのだ。

 

 「こんにちは、エスティさん」


 「えーっと……。今日は女性専用の特別美容エステコースで良かったかしら?」


 「はい。実は最近気になる男の人ができて……。その人に気に入られるようにエスティさんみたいにうら若き女性へと私を生まれ変わらせて下さいっ!」


 「あら~♪。今年30代後半に突入した私のことをうら若きだなんてとても嬉しいわ~。そういうことならハンナちゃんの恋が実るよう私も気合を入れて頑張らせて貰うからよろしくね~」


 「はいっ!。こちらこそ今日はよろしくお願いしますっ!」


 「それじゃあまずはハンナちゃんの体を診断させて貰うからそこのベッドに横になって~」


 エスティさんはとても穏やかな性格をしていて、エステの施術だけでなくその優しい雰囲気で私達を癒してくれる。


 私の胸の上にそっと当てられたエスティさんの手の平がエステを受けられるということで興奮気味だった私の心を落ち着かせてくれた。

 

 これでより集中してエスティさんの施術を堪能することができそうだ。


 「う~ん……特に取り換えが必要な程痛んでる箇所はなさそうだけど全体的に栄養が行き届いてない感じがするわね。毎日の食事はちゃんと取ってる?」


 「えっ……いえ。それが彼に気に入られる為に少しでもスタイルを良くしようと思ってきつめのダイエットをしてて……」


 「そんな無理しちゃ駄目よ~。あなた達死霊は私人間と違って余計な脂肪がついても簡単に取り除くことができるんだから~。むしろ栄養不足で衰えた肉体を元に戻す方が大変なのよ~。臓器なんて1つ取り換えるだけでエステの料金が倍以上に跳ね上がっちゃうんだから~」


 「はい……ごめんなさい、エスティさん」


 「あっ!、別に怒ってるわけじゃないからねっ!。幸いにも何処の肉体の箇所も取り換える必要はないわけだし……。だけど今後はなるべく無理はしないようにしてね。ダイエット以外にも肉体だけでなく魂にまで負担を掛けちゃうようなことは。私達死霊術師はあなた達の器となる体ならいくらでも用意できるけど魂だけは取り換えることができないんだから無理せずハンナちゃんの魂がいつまでも健やかでいられるようにして下さい」


 「分かりました……いつも私達死霊のことを大事に思ってくれてありがとうございますっ!、エスティさんっ!」


 「どういたしまして。それじゃあ施術の方を始めていきましょうか」


 私の肉体の診断を終えていよいよエスティさんの施術が開始された。


 初めは専用の装置で私の血液と老廃物を肉体から全部抜き出してくれる。


 肉体が一気に軽くなってとてもスッキリした感じがした。


 続いてエスティさんは私の体の前側に消毒液を塗り、その消毒液を塗ったラインに沿ってメスを入れ私の皮膚を順に切り出していってくれた。


 「お願いね、アスティ、イスティ」


 アスティちゃんとイスティちゃん。


 エスティさんに似てとても上品で大らかな雰囲気のエスティさんに仕える双子の女子の死霊達だ。


 2人はエスティさんから受け取った私の皮膚を『パージ・ブロッサム』の洗浄液へと浸していってくれる。


 通常のコースなら少しの間洗浄液から浸した後で物干しへと掛けて終わりなんだけど特別美容コースである今回は……。


 「あっ、今回のエステは特別美容コースだから洗浄液に『グロッシィ』のオイルを加えて上げて。後乾いた後のアイロン掛けも忘れずにね」


 「畏まりました」


 艶やかを意味する『グロッシィ』のオイルを加えて貰ったことで汚れが落ちるだけでなく、切り取られた私の皮膚がスベスベの肌になるようコーティングが施される。


 更に干し終えた後の私の皮膚にアスティちゃん達が優しくアイロン掛けをしてくれた。


 使用しているアイロンは勿論皮膚に対しても使用できる専用の物だ。


 まるでコーヒーのホット缶を押し当てられているような温もりに包まれながら私は自分の皮膚が丹念に伸ばされていくのを感じ取っていた。


 「さてと……アスティ達が作業している間にこっちもどんどん施術を進めていくわよ~。筋膜も剥がし終えたし次はハンナちゃんの眼球を取り出していくわ~」


 皮膚と筋膜を剥がし終え、臓器や骨までもが露わになった私の体からエスティさんはまず眼球を取り出し、『パージ・ブロッサム』の洗浄液の入った瓶へと入れてくれた。


 眼球の裏側の汚れまでもが綺麗に落とされていきとても気持ち良い。


 これだけも十分だが今回のエステは特別美容コース。


 私がより美しくなる為更なるサービスを施してくれる。


 「それじゃあ瞳に色を付けていくわね。事前に聞いた要望によると……7番のサンゴ礁の海になってるけど間違いないかしら?」


 「はいっ!。間違いありませんっ!」


 「OKオッケ~。それじゃあ着色剤を入れていくわよ~。ちょっと眼球が沁みると思うけど我慢してね~」


 チャポンっと水面を弾く音を鳴らして洗浄液の底へと沈みと共に着色用の錠剤が溶け出し、その成分が私の眼球へと染み込んでいく。

 

 まるで私の眼球の中が広大で神秘的な海の水で満たされていくような感覚だ。


 錠剤が全て溶け切った頃には私の瞳にその成分がしっかりと着色されていた。


 エスティさんはそれぞれの瓶に入った私の眼球の向き合わせてその着色された瞳を見せてくれる。


 「うっわぁ~っ!。私の瞳の中に綺麗なサンゴ礁の海の光景が広がってる~っ!。9番の宇宙のやつと迷ったけどこっちにして良かった~」


 左右の目で見合った私の瞳にはまるで特殊なアート加工の施された水晶玉でも埋め込まれたかのようにサンゴ礁の広がる美しい海の中の景色が映し出されていた。


 互いに見合ってる私の瞳がその海の中へと自然と引き込まれていくようだ。


 この瞳で見つめれば私が気になっているあの人の心も私の元へと引き込めるに違いない。


 「さてと……次は内臓関連の取り出していくんだけど……。さっきも言ったように栄養不足でちょっと臓器の機能が弱ってるからこっちの洗浄液には栄養剤を足しておくわね」


 心臓や肝臓等内臓の臓器を入れた浴槽には『パージ・ブロッサム』の洗浄液に加え各臓器の機能を回復させる為の栄養剤を足し入れてくれた。


 元の肉体から分離していても心臓の鼓動がより力強くなり、脳で行う思考やイメージがより鮮明で細密なものとなっていく。


 肝臓や腎臓も分泌する成分の量が増え、毎日の食事もより美味しく感じられるようになりそうだ。


 「さぁ、次は骨格を研磨していくわよ。これといって歪みが見当たらないところを見ると普段から姿勢を崩さずに生活できているみたいね」


 「はい。あと寝る前にはちょっとしたヨガの体操をするように心がけてますから」


 「あら、毎日のセルフケアまでできているなんて本当ほんとハンナちゃんは立派ね。私なんてちょっと気を抜いたらすぐ猫背になっちゃうのに。これだけ綺麗な骨格をしているならちょっと磨くだけで大丈夫そうね」


 エスティさんに手際よく肉体を分解され気付けば私は骨だけの姿となってしまっていた。


 そんな私の骨の1つ1つをエスティさんは専用の紙やすりで丁寧に磨いていってくれる。


 関節部には潤滑剤も塗り込んでくれて体の動きもとてもスムーズなものになりそうだ。


 骨格も磨き終えエスティさんは分解された私の肉体を再び組み立てていく。


 その途中で女性の私にとって最も重要な肉体の部位である胸の施術へと取り掛かっていく。


 生前の私は胸が小さいことが少しのコンプレックスだったのだが、死霊となった今では大きさも形も柔らかさも死霊術師の手によって自由自在に変えて貰うことができる。


 事前の私の要望に応えてエスティさんは柔らかさと弾力に定評のある『マルケイティス』というクジラ型のモンスターから採れる脂肪を私の胸へと注入してくれた。


 大きさは小さくはないが大きくもない程度に抑えて貰い、形は綺麗な円形で丸みのあるものへと整えて貰い私の理想とする乳房が出来上がった。


 意中の相手に気に入られる為に胸に手を加えるなんて少し厭らしく思われるかもしれないけど、やっぱり多くの女性にとって胸は顔の次ぐらいに気になる箇所だしこれで自信を持って愛しの彼にアタックすることができる。


 「それじゃあ最後に新しい血液をハンナちゃんの肉体に流していくわね~。老廃物の一切ないサラサラの血だから血行もよくなってお肌に張りが出るわよ~」


 組み立て終わった肉体に新しい血を入れて貰って私の施術は終了した。


 丹念にアイロン掛けをして貰い、『グロッシィ』のオイルが染み込んだ皮膚はシワが一切なくスベスベだ。


 血を新しくしたおかげで血行が良く肌の張り具合も最高に良い。


 余計な脂肪を取り除いたおかげでパッチリと開いたまぶたの中に輝くサンゴ礁の海の瞳は力強くも大らかで優しい雰囲気を醸し出している。


 これなら愛しの彼もきっと私のことを少しは気に掛けてくれるようになるだろう。


 サービスの霊薬ポーションを飲み干した後でエスティさんに元気よくお礼を良い、私はウキウキとした気分で『カーネイティア』の店を後にして行く。


 このネクロドリームには私が意外にも『カーネイティア』の店の癒しを必要とする死霊達が数多くいる。


 今後も『カーネイティア』の店では店を訪れた客達を施術を担当する死霊術師達との間でいくつもの絆が結ばれていくことだろう。


 本当は施術なんかよりその絆こそが私の癒しになっているのかもしれない。


 今日施術を担当してくれてエスティさんの優しい微笑みを思い返しながら私はそんなことを思っていた。

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