6.トシオ
ユキエとは翌週も同じカフェで再会した。
僕がいつもの席で本を読んでいると、ユキエの方から声をかけてきた。相席を求められたので、断る理由なんてない僕は快く了承した。
「また、会えるなんて奇遇ですね」
そう言ってユキエは笑みを浮かべた。
「そうですね。でも僕は毎週金曜日は必ずと言っていいほどここに来るので、この時間だったらいつでも会えますよ」
「あっ、そうなんですか?なら私も毎日金曜にここに通おうかな。なんてね」
ユキエは冗談っぽく言ったが、例え冗談だとしても僕は嬉しかった。
その日も好きな本の話や雑談を少ししたあとに、ユキエから連絡先を聞かれた。
「私、読書好きな友達っていなくて、トシオさんとお話しするのがとても楽しいんです。もし、トシオさんがよかったらなんですけど」
少し恥ずかしそうな表情のユキエが一段と可愛く見える。
「もちろんいいですよ。こんな僕でよければ」
内心かなり喜んでいるのだが、あまり表情に出し過ぎないように注意した。
「わぁ、ありがとうございます。嬉しい」
ユキエはぱぁっと笑顔を輝かせてみせた。
なんて可愛いんだ。ただ、行きつけのカフェで本を読んでいただけなのに、こんな出会いがあるなんて思わなかった。
その日は、連絡先を交換したあとは、少しばかり雑談を交わしてカフェをあとにした。
帰宅すると同時に携帯にメールの着信が入る。ユキエからだ。
(今日もお話しに付き合ってくれてありがとうございました。とても楽しかったです。
また来週の金曜に私も行きますね。
ユキエ)
メールの内容は至ってシンプルだが、僕はとても嬉しかった。しかも、来週の金曜にまた会う約束まで。僕も急いでメールの返信をした。とにかくこちらの気持ちの高ぶりを悟られないようにシンプルな文面で。
ユキエとはほぼ毎日のようにメールのやりとりをするようになった。
挨拶から始まり、今日読んだ本の話など会って話す内容と変わり映えしないのだが、そのやりとりだけでも僕は楽しくて嬉しかった。
僕はユキエに初めて会った時から、恋心を抱いていたのかもしれない。
そう思うようになった。
金曜日になると、もちろん行きつけのカフェに行くのだが、読書をするという目的がユキエに会いに行くという目的に変わっていた。
いつものように金曜日にカフェへ行きユキエに会って帰宅した。
「おかえりなさい」
妻のチエがいつものように僕を玄関で迎えてくれた。
チエとは結婚して4年になる。チエはとてもよく出来た妻で家事も料理も得意だし、僕と結婚をしてからは仕事も退職し専業主婦として家庭を支えてくれている。
ユキエとは毎日連絡を取り、毎週金曜はカフェで会う。後ろめたい気持ちもあるのだが、一線は超えていない。だから、浮気じゃない、と自分に言い聞かせていた。
そんな日が何日が続いてから、ユキエから今週の金曜日にカフェではなく、どこかで食事をしないかと誘いのメールが届いた。
食事くらいならと僕はオッケーの返信をした。
ユキエとの食事へ出かける金曜日。僕は妻には会社の同僚と飲み会に出かけると伝えてあった。
場所はユキエが見つけてくれたレストラン。そこがユキエの行きつけなのか、初めて行く場所なのかは僕は知らないし、聞こうとは思わなかった。
ユキエとカフェ以外で会うという事に、僕は気持ちが高揚していたから、そんな事は全く気にしなかった。
レストランの前で待ち合わせをしていたのだが、僕が着いた時にはユキエはすでにレストランな前で待っていた。
「ごめんなさい、待ちました?」
「いえ、私も着いたばかりです」
ユキエは笑みを浮かべた。
レストランの料理はとても美味しくて、僕もユキエも少しだけワインを飲んだ。
ユキエはお酒があまり強くないのか、ほんのり頬を赤らめていて、いつもより色っぽく見える。
そのユキエの表情を見た瞬間に僕は理性を失ったのかもしれない。
僕はその日の食事のあと、ユキエの部屋に招かれ一線を超えた。
妻のチエへの罪悪感は確かにあった。しかし、僕はもう止まることができなかった。
その時に、実は結婚をしている事をユキエに告げた。これでユキエとの関係が終わりになったとしても悔いはない。だけど、伝えておかなければいけない、そんな気がしたのだ。
しかし、ユキエの反応は、
「私はトシオさんの2番目でもいいの。だから今まで通り時々こうして私と会ってほしい。抱いてほしい」
ユキエは僕の胸あたりに頬を寄せながら、そう呟いた。
僕はそのままユキエを抱きしめた。
その日、僕はユキエの部屋で一晩過ごして朝を迎えた。
ユキエが朝ごはんを作ってくれたので、それを食べてから帰宅することに。
僕は帰宅しながら、朝帰りになったことをどうチエに言い訳するかを考えていた。
家に着くと、やけに静かだった。
「チエ、いないのか?」
いつもならチエは朝から洗濯やら掃除やらで家事をしているはず。
しかし、人の気配すら感じない。
家の中を探し回るが、チエの姿はない。
どこかに出掛けているのか?
そう思いチエの携帯に電話をかけようと、僕は携帯を取り出す。
そのタイミングで、着信が入る。
知らない番号だ。
「もしもし」
「もしもし、警察のものですが、あなたチエという女性の旦那さん?」
警察?僕は心臓が爆発するんじゃないかと思うくらいに鼓動が早くなる。
「はい、確かにチエは僕の妻ですが。妻に何かあったのですか?」
「チエさんが昨夜事故に遭い、お亡くなりになりました」
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