4.ユキエ
トシオは私と出会ったのは偶然の結果だと思っている。むしろ、運命などと信用に値しないような出来事だと思っているかもしれない。
しかし、私とトシオが出会うのは偶然でも運命でもない。全ては私たちの計画通りに進められた結果。
私はトシオが毎週金曜日の仕事終わりに行きつけのカフェに来ることはわかっていた。
トシオの行動パターンを徹底的に調べた結果、私と彼が出会うきっかけを作るのに最適な場所はここだと判断した。
トシオがここに来るのはおそらく18時頃。先日、本に関する賞が発表されたばかりなので、今日は本屋に寄ってくるかもしれない。
トシオは読者好きなので受賞した本をチェックしている。大賞を受賞した本を買ってくる確率が高い。
彼に接近する口実を作りやすくするために、私も大賞絡みの本を数冊購入した。
17時30分。私はカフェへ入店した。
確かトシオはあの一番奥の席によく座るはずだ。私が先にその席に陣取り、まずは私の存在を彼に印象付ける。
私が席に着くと、店員さんがおしぼりを持ってきてくれた。
その店員さんに私はアイスティーを注文した。
先程購入した本を鞄から取り出す。私も読者好きなので、大賞を受賞した注目の作品を読めるのは純粋に嬉しい。
アイスティーはすぐに私のテーブルに到着した。
入店した時は何も思わなかったが、店内に流れるBGMが妙に読者が進みそう選曲だと思った。
本を開いて読み始める。
しかし、トシオがいつ入店してくるのかと入口へ気を張っているので、なかなか頭に入ってこない。
18時12分。
トシオが入店した。
彼は特等席に一瞬目をやったようだが、先客がいるのを確認すると別の席に座った。
私がいる席からはそう離れていない。
彼は毎回同じアイスコーヒーを注文する。
私は計画を確実なものにするために、何度も彼がいるこの場に居合わせた事があるので、それくらいわかっている。
しかし毎回違う印象を与えるような容姿で来ていたので、何度も同じ空間に居合わせたとトシオの記憶には残っていないはずだ。
トシオのテーブルにアイスコーヒーが運ばれる。やはり読み通りのアイスコーヒー、と私は心の中で思った。
彼は嬉しそうな顔で本を取り出し読み始めた。私の読み通り大賞を受賞した本。
あとは、トシオに声をかけるタイミングを見つけなければならない。
いくら同じ本を読んでるとはいえ、いきなり声をかけるのは不審に思うかもしれない。
いや、女好きのトシオにとっては女性から声をかけららるのはどんな状況でも喜ぶかもしれないなと思った。
そう思っていると、彼がテーブルの上に置いていた栞が床に落ちた。
これは、チャンスだ。
私はスッと席を立ち上がるとすぐに彼の席に向かい栞を拾った。
「あの、これ落としましたよ」
トシオはキョトンとした顔で私を見る。なぜ声をかけられたのかまだ理解していない様子。
私が差し出した栞に気づくと
「ありがとうございます」と礼を言った。
栞を受け取る時に彼と私の指が少しだけ触れた。
彼は派手な爪の女を好まない。私の綺麗な指と爪を見て好感を持ったはず。
これも全て調査済み。
私は会話の口実のために買った本を彼に見せる。
「あっ、今僕が読んでるのと同じですね」
嬉しそうに彼は言った。やはり好感触。喰いついた。
私は同じ本を読んでて嬉しいとか声かけたかったんです的な事を適当に言って、とりあえず自分の席に戻る。
まずは、ファーストコンタクトは成功。あのまま相席する手も考えたが、初対面の相手にそこまでガツガツ来られては女好きのトシオでもさすがに警戒するかもしれない。焦る必要はない。
私という存在の印象は残したので、翌週の金曜日にもう一度偶然を装って居合わせる事にしよう。
次回の計画も決まった事だし、私も少しだけ読者を楽しむことにする。
読者に夢中になると時間を忘れてしまう。
入店して2時間以上経っていた。彼はまだ読者に夢中のようだ。
私は席を立つと会計を済ませ、カフェを出た。
あっ、雨だ。
しかし、傘は持っていない。
どうしようかと悩んでいると、カフェの入口の扉が開いた。
トシオが出てきた。
「あれ、雨か」と彼は独り言のように呟く。
予定変更。これは接近するチャンスかもしれない。多少強引ではあるが。
「そうですね。困りました」
私はトシオの独り言に返事をした。
トシオは驚いた顔で私を見る。しかし、すぐにさっき会話をした女性だと気付いた様子だった。
「私、傘持ってなくて」
「僕もなんですよ。本読むのに夢中で雨降ってるなんて全然気付きませんでした」
「あの、良かった雨が止むまで中で少しお話しませんか?」
私がそう提案すると彼は快く快諾した。
先ほど店を出たばかり者同士が、また同じ店に入店するのを店員はどう思うのだろかと少しばかり考えてしまう。
「席、どこにしますか?」
「あぁ、あの席がいいです」
彼は特等席を指差す。
「さっき、私が座ってたとこですね」私はスタスタと歩いて彼が選んだ特等席に向かう。
「この店にはよく来るんですけど、いつもこの席に座るんですよ」彼はイスに座りながら言った。
そんな事とっくに知っているが、
「あっ、そうなんですね。じゃあ、私があなたの特等席を奪っちゃってたんですね」
私はとりあえず特等席を奪ってしまっていた事を謝ってみる。
「僕が勝手に言ってるだけで、どこの席に座るかは自由ですから。謝らないでください」
彼は恐縮する態度を示した。
私は彼の名前を知っているが、まずは互いの自己紹介をした方がよいなと思い、
「あの、お名前を伺ってもよろしいですか?」
互いに自己紹介を済ませる。
それからは、今日読んでた本の事、今まで読んだ中での自分なりの最高傑作などの話で盛り上がった。
いつしか、互いにユキエさん、トシオさんと名前で呼び合っていた。距離を縮めるために私がそう誘導したのだが。
趣味の話で盛り上がるのってこんなに楽しいことだっけ?と彼は思っているに違いない。彼は自分の好きな事や趣味の話をベラベラと喋る事を好む事を私は知っている。
そして、目を見つめて喋る女性に弱い事も私は知っている。
笑顔が可愛い女性が好きな事も知っている。
今まで、金目当てに近付いて来た派手な女達と散々遊んだ反動によって、彼は至ってシンプルな女性に好意を抱くようになったようだ。
今日は少し接触して終わるだけの計画のつもりだったが、ここまでの収穫があるとは思わなかった。
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