十余年の恋が終わった
十余年の恋が終わった。それはあまりにも突然で、唐突で、回避することの出来ない恋だった。
カーテンの隙間から差し込む光が男の手元を照らしている。キラキラと、輝いて見える太陽光が今は憎たらしい。キラキラと、身を包む空の恵みが思い出から記憶に変わってしまったことが耐えがたい。
近所の子どもたちが窓の外で楽しそうな声をあげている。ドタドタと走り回り、体力が底を尽きない限り全力を出し続ける。その様を直接見ている訳ではないが、目を閉じた時に嫌でも脳裏に浮かんでしまう。彼女の存在が自分の記憶から徐々に消えていくような感覚が心を蝕む。
未だに現実を受け入れられない自分が居る。悪い夢のような、しかしそれを確かめるのが怖くて眠れないままでいる。十余年の当たり前と、ここ数日の有り難いことの落差が他人事のように可笑しい。
しかし冷たく凍ってしまったような彼女の美しい横顔が瞼に色濃く焼き付いている。そう、それだけが彼の持ち合わせる彼女に関する最後の記憶になっている。
酷いくらいに喜劇だ、これ以上ないほどにロマンティックでこれ未満が存在しない悪戯。自分はもうこれ以上彼女との思い出を創造することが叶わないのだ。
その事実に気が付いた時、確かに男は絶望を覚えたが、それから程なくして逆説的希望がおかしくなった脳味噌に溢れだした。
数時間振りに立ち上がるとそれまで座っていた床はぐっしょりと濡れていた。男はベッドの側の戸棚から瓶を取り出し、そのままベッドに横たわり、唯一思い出せる彼女の美しい表情を思い出した。
――思い返せば、いつも君を追っていた。
十余年の恋が終わった。そして十余年と一日目の恋が始まった。
閲覧ありがとうございました。この物語はフィクションです。
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