宿のアポ取り
宿屋の名前は“野鳥の巣”。住宅ゾーンと商店ゾーンの境目に位置する。
めっちゃデカい。
一階分が広い上に三階建てだ。
宿の大きさに驚きながらすごい数ある受付の一つに向かった。
「あ、いらっしゃいませー!」
受付の女の子元気そうだなーと思ってたら想像を超えてハイテンションだった。
「あ、えーと宿泊したいんですけど」
「はいわかりましたー!一名でいいですかー?」
「あ、はい」
「君は何やってるのー?冒険者ー?」
「そうだけど…」
ちょっとついていけなくなってきた。
「おいおいリサ、テンション高すぎてお客さん軽く引いてるじゃないか」
店員らしきイケメンな男の人が暴走しかけの女の子を止めた。
「あー、やっぱり癖出ちゃってた?アー君」
「テンションが暴走する癖な。お客さん曰くあんまり迷惑にはならないらしいけどね」
かなり仲が良さそうだ。幼馴染かな?
「ごめんね。迷惑だったかな?」
「あーいや、そんなことない」
「そうか、それはよかった」
彼はほっと胸をなでおろした。
うーん、見れば見るほどイケメンだなこの人。
「いやー前にね、この癖が出たリサに勘違いした人がリサをナンパしたんだ。しつこそうだったから止めに入ったら暴れだして軽く騒ぎになったんだよ」
「あーそれは大変だったというかそいつはアホなの?」
勘違いにしても恥ずかしすぎる。
「まあ大分酔いが回ってたっぽいしね。大きい宿だからトラブルはつきものさ」
「まあそんなもんか」
「話し込んじゃったね。自己紹介しておくよ。僕はアーノルド。こっちは妹のリサだよ」
「僕はハルク。長く泊まると思うからよろしく」
「「よろしく(ねー!)」」
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あの後、アーノルドとリサと街の観光として遊びに行く約束をしてから借りた部屋に来た。
窓がついていて一人部屋にしてはかなり大きめだ。
シングルベッドはもちろん、作業台と椅子があり、更にはシャワーも完備している。
お世辞抜きに一生住める。
これで一週間銀貨三枚は安すぎると思う。
僕が村で働いてた時の一日の稼ぎが銀貨五枚だったのに。
この部屋を借りると言ったとき、あの二人はやたら驚いていたけど…
ちなみに浴槽がないのは街の山方面に温泉街があるからだと二人に教えてもらった。
僕はお湯に浸からないと気が済まないから頻繁に利用するだろうな。
さて、ここなら大丈夫だろう。
「出てきていいよ、レフ」
そう言うと、僕の影からレフが現れて僕に軽く触れた。
村にいたときは常に地上に出てたから、街では影の中に居なくてはいけないのに慣れるかなと心配だったんだけど…
いつもよりじゃれてくるくらいで問題はなさそうだ。
「なぁレフ、こうしてアタカ村とは全く違う環境の街に来たけど、この街でやっていけると思う?」
牧歌的なアタカ村からいきなり多くの人がいる街に来ていてレフは戸惑っているんじゃないか?
僕も故郷を離れてしまって少し寂しい気もするんだけど。
すると、レフはそんな僕の気持ちを察したのか、寄り添うように僕の体をその手でそっと包みこんだ。
自身の体に触れたレフの身は、アンデッドでありながら温かく感じた。
「…そうだよね。僕たちならやっていけるよ、ありがとう」
そう言うとレフは礼には及ばない、とばかりにその手をひらひらと振った。
うん、心配はいらないか。
「じゃあ早速冒険者ギルドに行こうと思うんだけど…って聞くまでもないか」
レフは賛同するようにサムズアップして、再び影にもぐりこんだ。
僕は必要なものだけを持って部屋を後にした。
ちなみにハルクの借りた部屋は“野鳥の巣”で結構上のコースの部屋です。
ハルクは村で手伝いに近い仕事みたいなものをしていて月収で言うと一般の都市労働者の三倍近く稼いでいたので軽く金銭感覚麻痺ってます。