09
沙希は沙希でぼんやりした情報しか持っていないらしく、
「彼氏のこと聞いたのも、直じゃなくて友達からだもん」
「友達って誰」
「ごめん、わかんなーい」
黒髪をさらりとかき上げて耳にかける、そのささやかな仕草がやけに色っぽくてちょっとよろめく。
沙希は綺麗なんだけど、どこか普通っぽい。
自然体で肩の力が抜けた状態を常に上手に演じている。
だからみんな、彼女の嘘を見抜けない。
私は違う。
ばればれの嘘をついて、わざと危ない道を通って、気づいてよって全身で訴えかけている。
でも、誰もがそれを見て見ぬふりをする。私を生んだ親さえも。
「この間、プーさんまた来たんだけどさ」
プーさんというのは沙希の常連客で、体型と喋り方が似ているからという理由で名づけられた。
「やってる最中に頭振りまくってるから、はずみで取れちゃって」
「何が」
「だから、ヅラ」
飛んでいったカツラを見てからの数秒間が、永遠のように感じられたという。
「あたしもう笑いこらえるのに必死で。あんなに我慢したの初めてだよ。今度からプーさんじゃなくて、あいつのことヅラって呼ぼ」
笑えば笑うほど、私たちの悲惨は伝染する。
ケチャップで汚したTシャツの染みをごまかそうとこすっても、薄まりながら広がっていくだけ。