10
「あ、由貴だ」
スクランブル交差点を渡ったところにある大きなディスプレイを指さし、沙希は瞳を甘く潤ませる。
画面の中で歌っているのは、巷で話題のアイドルユニットだった。
愛して、こっちを見てと切なく叫び、微妙にあざとい魅惑的な表情で誘っている。
「超苦労人なんだよね、由貴って。外見はチャラそうに見えるけど、実はすごい真面目で、現場でもスタッフ大事にするし、曲作りとかも妥協しないっていうか、めっちゃストイックで」
ネットで簡単に拾える情報を、さも重要機密のように語る沙希はとても可愛らしかった。
「この間の新曲もマジ神でー。感動で泣いたもん」
親が厳しくて、おこづかいは月に3000円。彼らのライブのチケットは8000円。
沙希は年をごまかし、学校をサボって、全ての公演に足を運んでいる。
そういうことを、いつか後悔する日が来るんだろうか。
よく枯れ果てたおばさんたちが、自分を大事にしなさいとか、傷つくのは女なんだからとか口ぐちに騒ぐけど、そしてそれはいかにももっともらしく聞こえるけれど、私にはよく分からない。
さすがにゴムなしは嫌だけど、今までそこまでやばい目に遭ったことはない。
とんでもないことになるよと脅かしているのは、私たちのためじゃなくて、別の誰かのための理屈なんじゃないだろうか。
私たちはプラスチックの模造品。
そんな簡単に傷つくほど、やわにはできていない。