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MY STORY  作者: 腹巻鶏
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プロローグ

眠らない街。

都内にある佐曽利さそり町は、昼夜を問わぬ賑わいからそう呼ばれていた。

人の往来が多く、繁華街が並び、信号が変わる度に何十もの車が交差点に動き始める。


しかし佐曽利は都会であると共に、『化け物』の目撃情報が多いことでも知られている。いわゆる、魔物だ。


そして今、浅上喜助あさがみきすけという少年が追いかけている人物も、まさに魔物であった。


********************




「おい!大人しく財布を返せ!」


「……このガキ!しつこいんだよ!」



街の中の路地裏で二人の声が上がる。


喜助はグレーのパーカーにジーパンと、何の変哲もない格好で追いかけていた。

しかし、喜助の財布を抱えて逃げる人物の頭上には犬のような耳がふたつついており、上半身をさらけ出す格好をしていた。


身体といい服装といい、見ての通り人間じゃない。

第二種亜人だいにしゅあじんとよばれる種族の、魔物なのだ。



「お前ら魔物は人間の目に映らないもんな!だから人の多い商店街で、堂々と俺の財布を……!」



「う、うるせえ!お前こそ、人間のくせに何で俺が見えてやがるんだよ!何者だ!?」


「……教えてやるから止まれ!」


「止まるわけねえだろ!」



お互いに口では譲らないが、ただその距離は少しずつ離れていく。


時折ときおり後方を確認しながら走る魔物に対し、喜助は周りを見る余裕もなく、ただ必死に追うのみだった。

走る速さだけを見れば亜人に匹敵している喜助だが、如何いかんせん、持久力で負けている。

その事に亜人も気付いたようだ。



「……まぁ、わけわかんねえ奴だが所詮しょせんは人間。魔物様の身体能力に勝てると思うな!」


「ぐ、くそ……」



亜人は残りの体力を一気に費やして、さらに加速する。

一方の喜助は悲鳴をあげる足に叱咤をかけて走り続けるも、魔物の全力疾走に適うはずもない。

差はどんどん開いていく。


しかし、喜助もこれで終わりではなかった。



「……ただでさえ今月はピンチなんだ。仕事以外で使いたくないけど、もう仕方ないよな」



そう言ったかと思うと、喜助は走りながらも、亜人の逃げる先に意識を集中させる。



「──────」



「ッ!?」


背後から漂う喜助の異様な気配に、当の亜人も気がついた。



「何だこの魔力……!?あのガキ、人間のくせに能力でも使おうってのか!?」



亜人は振り返り、鋭い眼差しを向けてくる喜助の姿を見た。


今喜助から発せられている魔力は人間が持ちうる域を軽く凌駕りょうがしている。

もっと言えば、並の魔物以上だろう。

まるで悪魔の能力でも使おうかという魔力レベルだ。



「嫌な予感がするぞ。こりゃ早いとこ逃げて────ッ!?」



走る亜人が前を向き直したその瞬間。

目の前にピンと張られた一本の『いと』が現れた。



「危ねぇッ!」



狭い路地裏の道に、まるで事件現場の黄色いテープのように張られた糸をハードル走の要領で飛び越える。

もう少し飛ぶのが遅ければ、足をひっかけて転んでいただろう。


そして気を緩めるにはまだ早い。

次の瞬間には、また目の前に糸が現れる。



「次から次へと何だこの糸!道の壁と壁の間に張られて……!スパイ映画のレーザートラップの道を走ってる気分だ!」



糸はレーザーと違って触れても怪我をすることは無いだろうが、ピンと張られたそれは障害物としての役割を十分に果たしていた。

次々と突然いろんな高さに糸が張られ、その度に亜人は自慢の身体能力を使って回避する。


しかし、糸が現れる速度がそれ以上に速い。

亜人が一本の糸を回避している間、もうその先に何本も張られている状態だ。

それに伴い、亜人の走る速度も落ちていく。



「クソ、キリがねぇ!」



あっという間に狭い路地裏の道には何十本もの糸が複雑に張り巡らされ、亜人の例えた通り、まるでスパイ映画のセキリュティ通路のようになってしまった。


大きなクモの巣地帯と言った方が、現実味があるだろうか。




「はァ……はァ……」



亜人は逃げる足を止めた。


次々に糸が追加で張られていく道を走るのは、亜人の身体能力を持ってしても不可能だった。

既に糸の隙間は、関節を全て外さない限り通れないほどになっている。


そこに、息を切らした喜助が走ってきた。




「はァ、はァ……追いついた……。さすが亜人、足が速いな……」



「……」



数秒の沈黙があった。

亜人と喜助がお互いに見つめ合い、出方、次の言動をうかがう。


しかし喜助の息が整ってきた頃、亜人がそれを破った。



「いや……思い出したぞ。……お前のこの能力、聞いたことがある」


「っ……」



亜人のその言葉で、喜助の顔に若干の雲がかかった。




「『いと』──確か、『物質もの物質ものの間に、絶対切れない糸を張る』って能力だったか。……昔、佐曽利町の魔物を無差別に殺し回っていた『魔物狩まものがり』って人間が使ってた能力らしいな。その強さと残虐な殺し方から、かなり恐れられていたらしいな」


「……」


「人間である『魔物狩り』が魔物を視認できて、能力まで使えるだとか言いやがるから、俺の住んでる地域では佐曽利町の都市伝説だと思われてたが……。まさか事実だとはな」



喜助はその言葉に、きまりが悪いような顔をする。

亜人の言ったことは正解だ。

その過去は喜助自身も忘れてはならないが、かと言って触れられて嬉しいものでは無い。

能力を使うのを躊躇ためらったのも、このためだ。


そして喜助は、一応の訂正をする。



「……その噂は正しいが、今はもう『魔物狩り』なんかじゃない。この街で、『リバーシ』っていう便利屋をやってる。……魔物の依頼は無償でな」





喜助がそう言うと、亜人は呆然とし、かと思えば突然笑い始めた。



「……ハッ。何の罪も無い魔物を殺しまくってたガキが、今はタダで魔物を助ける仕事をしてるってのか。ハハ!これは傑作だな!」



喜助を挑発するような言葉が並ぶが、亜人は決してあざけているわけでは無い。

ただ、本心から面白おかしく思い、笑っているだけ。



「それで罪滅ぼしとでも言う気か?お前に親兄弟を殺された魔物は、それで満足すると思ってんのか?……なぜそいつらがお前に復讐しないのか知らねえが、外部の俺から言わせれば、胸糞悪い状況でしかないぜ」


亜人は第三者の視点として正しいセリフを投げる。

この亜人でなくとも、きっとそう思うだろう。


「……奪った命への償いにならないのは知ってる。俺が便利屋リバーシを始めた目的は───」


「惨めったらしい言い訳聞いてもつまんねえよ」



亜人が喜助の言葉を遮る。


この亜人含め、魔物にとって喜助は『殺人鬼』のようなものなのだ。

そんな奴が今更何を言おうと、言い訳だと思われて当然だ。


そうして喜助が何も言い返せないでいると、突然、喜助の目の前に財布が放り投げられた。



「ほら、財布は返すぜ。これ以上逃げたら、今度は殺されそうだからな」


「……もう誰も殺したりしねえよ」


「信頼性ってやつがゼロだな。たとえ今お前がそのつもりでも、いつ再び殺しの快感を求めるか分からねえしよ」



亜人の言葉は嫌味がこもっているが、何一つ間違ったことは言っていない。

あくまで悪者は喜助の方。

この状況において、その構図は絶対に崩れないのだ。


だからこそ喜助も反論や否定をすることはなく、そこで何本も張っていた『いと』を消失させた。


亜人の行く手を阻んでいたものが消える。



「……へえ。糸を出現させて、消すことまで自由にできるのか。人間のお前がどうやって得たのか知らんが、便利な能力だな」


「そりゃどうも」


「ハッ。何百体もの魔物がこの糸で身動きを封じられて殺されと考えると、なるほど。『魔物狩り』が恐れられていたのも分かるぜ」



亜人はそう言って、糸の消えた道を早足で進む。

そしてある程度距離が離れた時、亜人は振り返って喜助に言った。



「それにしてもお前偉そうだよな。魔物に対して罪悪感があるなら、その財布だって俺様が貰っててもよかっただろ?」




********************





「はぁ……。逃げ道ができた途端、一気に態度がデカくなったな。あの亜人」



亜人の姿が道の向こうに消えたのを見てから喜助は歩き出し、地面に投げられた財布を拾った。

札に小銭にカードと、抜かれたものはなさそうだ。



当初の目的は果たしたが、何か、面白くない出来事になってしまった。

ただこれも自分の過去が引き起こしたこと、自業自得。




「……さっさと夕飯の材料買って、帰るか。早くしないとルリに怒られる」



その長財布を無理やりポケットの奥まで押し入れ、帰路へ着いた。




********************














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