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第9話

 

 

  さて、なし崩し的とは言えカメリアさんを私の元に迎え入れる事が出来たので色々と状況改善の目処が立ったのですが、気が付けばとっぷりと夜が更けていました。


  屋敷の中には人の気配は無く、使用人達もそれぞれの仕事を終えて寝ている様子、普通の人なら自分も仕事を切り上げてそろそろ––––となるのでしょうが、どうにも私は眠るのが嫌いでして……普段から朝まで新政策や新技術の導入を検討したり、剣の素振りをして朝まで過ごしています。


 

  正直無駄な事をしているのは重々承知なのですが、一度寝てしまったら起きた際には別の誰かになっているのでは? という恐怖心の所為で深い眠りには付けません。


  異界の諺に杞憂と言う言葉がありますが、正しく私の心配はそれなのでしょう、天が落ちて来ないかと心配した人の様に、自分の半生が誰かの微睡みの中の刹那にしか過ぎないと本気で考えてしまっている、我ながら愚かな女ですね。


 

  自嘲しながら中庭に出た私は、訓練用に削った木剣を幾つか用意して案山子相手に切っ先を向けた。


  こうして剣を握っていると自分が何者かなどと言った些細な問題は氷の様に溶けて消えて行く、自分の中身が酷く平坦になって、まるで一個の剣の様だと錯覚する程研ぎ澄まされて行く。


  そして全ての熱が消え去った瞬間、目標に向けて踏み込むと同時に剣を横薙ぎに振るう。


  深夜ですので、極力音を出さない様に藁を巻いた案山子の手ごたえは酷く軽くて何の充足感も得られませんでしたが、元より不安を鎮める為の行為です、問題ありません。


  雑念を払う様に砕けた木剣をその場で投げ捨て、新しい木剣で素振りでもしようかと考えた矢先、屋根の上から人が飛び降りてきました。


  軽い着地音と共に草を踏む音を立てながらこちらに近寄って来たのはカメリアさんだったようで、砕けた木剣の破片をしげしげと眺めています。


 

  「こんな時間に剣術の稽古かよ、随分と熱心なこった」


「貴方こそ、淑女の嗜みを盗み見るなんて中々良い趣味してるのね?」


  「此処のベットは寝心地が悪りぃんだよ、ロクな育ちじゃねぇからな」


  「あらそうなの? だったら私の部屋のベッドを使っても良いわよ、殆ど使ってないから」


「ハッ!! ベッド使わねぇとかどんな冗談だよ、床で寝てるってのか?」


  「…………少し哲学的な話をしましょうか」


「あん? なんだよいきなり」


「貴方は自分が今この場に確かに存在していると証明出来る? そもそも貴方は貴方の意思で生きているのかしら? マリオネットの様に神の様な視点から何者かに操られてるかもしれないわよ? 誰かの夢の中の登場人物である可能性は? 私達が必死に生きているこの一生も、一眠りしたら露と消える刹那の一時とは考えられない?」


「…………妙な人生観してんな」


「でしょうね、けれどもそう考えると人生と言う物に実像が無いように感じられるでしょう?」



  考え過ぎ、誇大妄想、他人からすればその程度で済ませられる下らない悩みですが、普段から私はその気になれば何でもやれますので、そうやって悩みを抱かなければ人の道を外れてしまうのですよ。

 

  本当は不得手だと嘯いている徒手空拳も、その気になれば十全に戦う事が出来ます。


  しかし、欠点の無い全能で万能な人間になってしまったら、私は何を目的として生きれば良いのでしょうか?


  土地の開発など私が全力で蹂躙すれば事足ります、農業改革や産業発展も異界の知識を利用してこちらの技術と擦り合わせれば問題ありません。


  ですがそれでは人でなく神の如き視点で物事を推し量る事になるでしょう、私の悩みである生きている実感が無いと言う問題は一生解決しない。


 

  「何か一つ打ち込む物を用意しても空虚な心を誤魔化せるだけで焼け石に水、誰かに打ち明けてもこの人生観を理解されない、そんな時貴方は私の胸の内を見透かした。––––私はその瞬間初めて人間に成れたのかも知れないわ」



  側で彼が私を理解してくれるのなら、そう言う馬鹿馬鹿しい事で悩んでいる愚かな人間だと認識して接してくれるのなら、私は自分を理解出来るかもしれない。


  お父様は私を人間と言う範疇に押し込めようとしていますが、それが意味する事は既に私は人間として見られて居ないと言う事。


  弟のシャロンも私を神の様に崇拝して狂信しています、世話役のビオラも一線引いているし、真正面から私を人として接してくれたのはカメリアさんだけ。



  「だから––––私は貴方欲しいの」


  「……直球しか投げられねぇのかよ」

 

  「自分を認識出来ない人間が艶っぽい誘い文句を言えると思って? 言葉を飾る事が出来ないのだから思った事を口にするしか無いでしょう?」


  「……俺が育った孤児院じゃ、困ってる人を見て見ぬフリをするのは人間失格だって教えててよ」


  「……はい」


  「ダチぐらいなら、なってやるよ」



  彼は少々気恥ずかしそうな顔で頭を掻きながらため息を吐き、少ししてそっぽを向きながら手を出して来ました。


  表情からしてこの行為は一種の区切りなのでしょう、私がその手を掴んでしっかりと握手すると、少し満足げな顔です。


  この流れで言うのもアレですが、折角ですしこのまま彼にお仕事の話もしてしまいましょう。



  「これで私達は友達になったと言う訳ね?」


  「んな大仰なもんでもねぇけど、まぁそんなもんだな」


「ならお友達として一つお願いがあるのだけど……」


  「あん? いきなりなんだよ」


  「詳しい話は明日するけれど、貴方には西の調査に行って欲しいの」


  「いきなりだなおい」


「他に頼める人が居ないもの」


「はぁ? その口ぶりからすると俺一人で行けって––––」



  文句が出るのは予想済み。私は彼の言葉に被せる様に、握った左拳で顔を殴り飛ばそうとしたのですが、身体を半身逸らされて回避されました。


  拳を振り抜いた際に発生した衝撃波にも耐えられて居ますし、やはりカメリアさんは只者では無いですね。



  「ほら、不意打ちにも衝撃波にも対処出来てるもの、貴方なら出来るわ」


  「……しれっと衝撃波とか言っけどよ、普通は殴っただけでそんなもん起きねぇぞ?」


「そんな事言われても……特別何かした訳じゃ無いわ、ただ少しだけ力を入れて拳を振り抜いただけよ?」


  「……師匠の地獄みてぇな扱きが何の役に立つのか今の今まで分かんなかったが、まさか感謝する日が来るたぁ思わなかったぞ」



  心底疲れ切った顔をしたカメリアさんはそう言って私の拳から手を離すと、欠伸をしながら自分の部屋へと帰って行きました。



  ––––私はその背中を見えなくなるまで眺めた後、再び素振りをする為に剣を構えるのでした。



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