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第7話

 


  カメリアさんは周囲に人の気配が戻り始めたのを確認すると、倒した三人の遺体を一ヶ所に片付けつつ懐から一冊の本を取り出しました。


  黒い背表紙に金蓮華の装飾が施された銀十字、十中八九ロータス教団の聖書でしょう。


  ロータス教団、人生を通じて徳を積み続ければ死後に転生し、今生よりも素晴らしい人生を送る事が出来ると言う教えを広めています。


  その為お医者様の中にはこの教団に所属している人も居ますし、団員の皆さんも人を癒す治癒術を得意としているので教会が病院の役目もしていたりするんですが……近年は一部貴族との癒着とそれによる腐敗が進んでいるんですよね。


  彼らは慈善活動だけをやっている訳では無く、人以外の生物は人間に害を与える害獣としてみており、特に亜人の類は人間に化けようとした悪魔と言う解釈をしています。


  彼らは得意としている治癒術を利用した戦闘術で人外狩りも行なっているので戦闘能力も高いので、数年前まで暗殺や異端狩りと称した無差別殺人が横行していたとお父様から聞きました。


 

  聖書を取り出したと言う事は弔いをする気なのでしょうが、確かロータス教団は原回主義者を異端と見てた筈なので弔う筈は無いのですが……何故でしょう?

 

 

  「––––っと、こんなもんでいいか。んで、オマエさん前にどっかで合わなかったか?」



  私が浮かんできた疑問に意識を割いていると、死者の弔いを終えたカメリアさんは私の前にしゃがみ込みながらそんな風に聞いてきました。


  彼への返答はYESなのですが、慌ただしく走って来た護衛の皆さんに屋敷を抜け出して歩いてた事をバレるのは少々困るんですよね。


  ––––仕方無いですね、少し砕けた口調で話しましょう。



  「新手のナンパかしら? 少なくとも私には貴方との面識は無いわ」


「……ふーん、まぁオマエみたいな奴一回見たら忘れられねぇわな」


「あら、それは私の顔が見るに堪えないほど醜いとでも言う気かしら? 女性に向けて随分と酷い事を言うのね」


  「ちげぇよ逆だ逆、別嬪さんだって言ってんだよ」



  ひらひらと手を振りながら彼は私の服を僅かにめくり、ナイフの刺し傷と首の鬱血に治癒術を掛けてくれました。


  傷口を中心にじんわりと広がる暖かさ、思わず微睡みたくなるほど心地良い、初めて治癒術を受けましたがコレは中々素晴らしいですね。



  「ほれ、首の痣も消えたぞ」


「ロータス教団の治癒術は初めてだけど、中々の腕枕ね」


「そらどうも、んで? なんでお前さんは吊るされてたんだよ」


「どうしても何も、私の名前はサミナ・ディセントラ・ペレグリナ。この地を治める貴族の長女だもの、原回主義者とは折り合いが悪いのは当然でしょう?」


  「ハッ、文字通りお嬢様って訳か、ならついでにもう一つ聞いても良いかい?」



  その言葉と共にカメリアさんは私の手を掴むと、掌を上に向けるようにしてこちらを見る。



  「––––この剣ダコ、生半可な練習で付くような代物じゃねぇよな? オマエさん何者だ?」


 

  …………以前男装をした時に手袋をしていましたからこの手から私の事がバレる事は無いでしょうが、目敏いですね。


  最近は訓練用の剣が足りないので剣術の訓練は控えているのですが、それでも長年振り続けていましたから手に出来た剣ダコは消えません。


  彼の目はある程度私の実力を見透かしたのか、かなり鋭い目をしています。流石はロータス教団と言ったところでしょうか?



  「吊るされてたってのに緊張感はねぇし、助かったってのに泣きも笑いもしねぇ、あの程度の連中自分一人でやれたってか?」



  吊るされていたのに緊張感が無かったのは単に抵抗する気が無かっただけ、泣きも笑いもしなかったのは生と死の狭間から解放されてしまったが故の喪失感で冷めてしまっただけなのですが、正直に説明しても理解された事は一度もないんですよね……どう誤魔化しましょう?


  そうやって私が口をつぐみながら言い訳を考えていると、少しだけカメリアさんは悲しそうな顔をしながら私の手を離しました。

 

 

  「…………テメェ見てぇな奴の目、よーく知ってるよ」


  「それはそれは、随分と色々な物を見ているのね、是非ともどんな目をしているのか教えて貰いたいわ」


 

  ––––何故、自分でもこんな事を言ったのかは分からない。


  彼の同情する様な優しく悲しい目を見て、自分が憐れまれていると感じたのかもしれませんが、不思議と飛び出る様にすんなりと口から出て行ったのです。



  「––––オマエの目は自分が生きてる事を理解出来てねぇ死にたがりの目だよ」



  ––––正にそれは心臓を鷲掴みにされた様な衝撃でした。


  私の生死感について見透かされたのは生まれて初めてで、それ故に彼から同情されているのだと分かった途端、心の底から謎の笑いが込み上げて来て堪え切れません。

 


「ふふふっ、あははははッ!! 私が、生きている事が分からないと? それ故に自ら死を選ぶような行動をしていると!? アハッ!! アハハハッ!! その通り、全くもってその通りですよ!! よく分かりましたね!!」


「……俺も人に自慢できる様な育ちじゃねぇからな、そんな目してる奴の一人や二人ぐらい知ってるよ」



  そう言って彼は私の目元を指で拭う、その指先はチラッと濡れていて––––ああ、私は泣いていたのですか。



「お嬢様!! ご無事ですか!!」


「ほれ、迎えが来たみてぇだからとっとと帰んな」



  涙を拭いながら後ろを振り返ると、慌てた様子のビオラが私に抱き付いて来ました。


  痛いぐらいに抱き締めてくる彼女に少し戸惑いを覚えていると、そのまま無言で立ち去ろうとしたカメリアさんが目に映りましたので、取り敢えず首を掴んでその場に留めます。



  「グッ!? テメェ一体なにすんだよ!?」


「助けてくれたお礼に我が家に招待するわ、勿論無理にとは言わないけど」


「だったら手ぇ離しやがれ!!」


「女の細腕よ? その気になったら振りほどけるのでは無くって?」


「さっきからびくともしねぇんだよ!! どんな馬鹿力してんだよテメェ!?」


「馬鹿力? 貴方が貧弱なだけでしょう? さぁビオラ、お客様をお屋敷に連れて行くわよ」


「……お嬢様」



  ジタバタと暴れるカメリアさんを引きずりながらお屋敷に向かったのですが、何故かビオラは呆然と立ち尽くすばかりで付いて来ません。


  後ろを何度か振り返っても棒立ちなのが不思議ですが、機を見て逃げようとするカメリアさんを捕まえるのに忙しいのでどうしようも無いですね。



  「いい加減諦めて付いて来なさい、何も取って食おうと言う訳じゃないのだから」


「だったら少しは握力を弱めやがれ!!」


  「緩めたら逃げるでしょう?」


  「ったりめぇだ馬鹿!!」


  「なら却下ね、私は貴方の事がとても気に入ったもの」



  皆無だったと言い切っていい私の心を理解出来た人、誰が何と言おうと私は彼を自分の手元に置いておきたい。


  カメリアさんは流民ですからこの地から別の新天地を目指して移動する可能性もありますし、下手に在野のままにしておくと別の誰かに取られるかもしれません。


  自分がこれほどあっさりと特定の誰かに執着する女だとは思いませんでしたが、このまま別れてしまうと世界の果てでも地獄の釜の底でもどこまででも追いかけそうで怖いんですよね。


  そんな風に自分の取るであろう行動に頭を悩ませていると、遂にビオラが動き始めました。



  「誰か!! 誰か伝令を!! 旦那様に伝令を!! 遂にお嬢様が剣以外の事柄に興味を持たれました!!」


  「…………オマエさん、一体どんな生活してんだよ」


「みんな大袈裟なだけよ」



  私だって木の股から産まれた訳では無いのですから、殿方への興味は多少あるのですが……大騒ぎし過ぎじゃないでしょうか?


  結局、お屋敷には私とカメリアさんの二人で帰ることになり、本当にお父様達に伝令が送られたらしいです。



  ……大事にならないと良いんですが。



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