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第6話

 


  私の暗殺に関しては実の所珍しい事ではありません。


  と言うのも、我が家の内政事情はお父様と私の二人で回している様な物であり、今回の様に出荷の時期になると私がメインとなって仕事を致します。


  お父様が王都へと向かうのは現当主であるが故、国家への忠誠心を見せる意味合いも兼ねているので定期的に領地を開けざる得ない、そしてシャロンも次期当主ですので顔を覚えて貰わなければなりません。


  必然的に留守を守り、領地の経営を行うのはこの私となるので、そこさえ落とせれば綻びとなってこの地から成り上がり貴族を追い出せる、とまぁこの様な筋書きと言う訳です。



  ですので本来ならば外出など以ての外なのですが、今回は潜り込んだネズミの掃除もしたいので敢えて外に出る事に決めました。


  最初はビオラに反対されたのですが、後方に彼女と私兵を数名着けさせる事を条件に私の要求を飲んでもらったのですが、予想外なことに待てども待てども襲撃者らしき者は現れません。


  個人で私を殺せると勘違いされるほど弱いつもりは無かったのですが、他人とはやはり外見に惑わされてしまうのでしょうか?


  そんな疑問を抱えながら街中を視察と称して隙だらけのまま歩いていたのですが、その道中でカメリアさんを見かけました。


  一瞬声を掛けようかと考えましたが、今の私は謎の少年グラジオラスでは無く、この領地の令嬢サミナですので彼との面識はありません。


  なので思い直して視察に戻ろうと思ったのですが、どうにも街並みに人気が無い様に感じます。


  背後にあったビオラ達の気配も遠く、まるで私だけが世の中から切り離されたかの様な気分ですが、それに反して飛んでくる殺気は十二分。


  自分の居る場所が意味も無く不愉快に感じる感覚、聴覚や嗅覚に強い忌避感を覚えるこの状況から察するに、恐らく人払いの魔法が周囲一帯に敷かれたのでしょう。


 

  この魔法は展開すれば範囲外の人間の無意識に作用して自然にその場を迂回させる力を持っています。


  その最たる特徴を表すのが私を襲う強い忌避感、この周辺には居たくないと無意識のレベルまで思わせる事で人払いを完遂できる訳ですね。


  コレを打ち破るにはこの無意識の内に身体が避ける場所を特定する事が必要なのですが、そもそも身体が意識に反して場所を離れるのですから特定は困難ですし、仮に出来たとしても近寄れば近寄るほど進む足は重くなります。


  つまりこの状況で私は孤立無援、更に物陰から三人ほど獣の頭蓋骨を仮面の様に被った人達が現れました。


  彼らの装備は黒曜石のナイフと石斧などの非常に原始的な装備、これは現地で入手したと言う意味では無く、ある思想の元で統一された装備です。


 

  「……御命頂戴」


  「ふふっ原回主義ですか。なんとも粋な武装ですね」



  正式名称は原始回帰主義、文明が生まれる以前の原始の時代では人類は皆同列であり平等であった、それ故に今生の人間社会と呼べるそれらは差別の源であり、それらを全て排して原始に帰る事こそが真の幸福であると言った思想だったかと。


  私の記憶に存在する異界の地でも原始共産主義……でしたか? 確かその様な思想が存在していたと思いますが、感覚としてはアレに類似したものです。


  ただ、彼の地のそれと違う点を挙げるとすれば、原回主義者達は重度の者になりますと意思疎通の為の最低限の言葉以外を切り捨て、人でなく一つの獣として生きておりますので最早蛮族と呼べる事でしょうか? 戦闘方法も狩りに近いですからね。


  そしてこの土地は彼らにとって数少ない原生的な場所、襲撃者の内訳的には割とメジャーな人達です。



  「通じるかは分かりませんが––––三打打たせて差し上げます、何時如何様にも好きな所へ打ち込んで来て構いませんよ?」


 

  のんびりと考え事をしていても始まりませんので、そのまま両手を広げて相手の攻撃を待とうとしたのですが、言い終わるか否かのタイミングで先頭にいた男が四つん這いの状態になり、その状態から急加速して私の懐に飛び込むと、黒曜石のナイフで下腹部を貫かれました。


  鋭い痛みと物理的に体内へ異物が入った違和感、熱感を持ち始めた患部に意識を持って行く前に追撃のハイキックが私の顎を蹴り抜き、身体が宙に浮く。


  この時点での私は身体の痛みや襲い来る衝撃に酔い痴れながら、三打目で地面に叩きつけてくると予測していたのですが、それに反して顔へ毛皮らしき物を被せて来ました。


  意表を突かれた事もあり、完全に反応できなかったのですが、彼らはその毛皮ごと縛る様にしてロープが私の首を絡め取り、空中に身体が吊るされた状態で首を絞める。


  角度的に片方は民家の屋根に乗っていて、もう片方は下に居るのでしょう、そして長いロープの中心に吊るされた私は差し詰め絞首刑にされた死刑囚、してやられましたね。


  ついシャロンにやっている様に先に三打打たせると言った真似をしていましたが、相手は私に合わせる必要などありません、殺害できるのであれば毒殺も絞殺もさしたる差が無いと言う訳ですか。


  一応私は五分以上無呼吸で行動できますが、それでも鞣した毛皮に顔を覆われているので非常に息苦しく、同時に身を捩りたく成る程の快感がまるで蛇の様に背中を這い上がって来る。


  生死の境の相反する二つの感覚、己が身に降りかかった出来事だと言うのにやはり他人事で、不思議とあまり抵抗する気が起きません。


  中々窒息しない事に業を煮やしたのか吊るされた私の両足に一人捕まった様で、重心が一気に下に向きました。


  試しにロープを千切ろうとしましたが何か油の様な物が染みていて手が滑り、足にしがみついた人も間接を抑える様に抱きついて来ている為振り落とせません。


  体重を掛けて首を折る気でしょう、流石の私も絶対絶命で––––命を失う恐怖よりもそれに伴う鮮烈な生の実感を味わいながら果てるのだと、そう受け入れかけた瞬間でした。


  唐突に風切り音が二つしたかと思うと、宙吊りの状態から一瞬の浮遊感と共に身体が落下、碌な受け身も取れない状態なのですが何故か衝撃はありません。



  「いくら何でも治安悪すぎだろこの街。ちっと前にもガキに凄むチンピラが居やがったし、今日は人払いに気が付いて見に来てみりゃ丸腰の女の宙吊りショー、退屈しねぇな」



  聞き覚えのある声、顔に被せられた毛皮を取ると、そこにはカメリアさんの横顔がありました。


  しかも私は横抱きで抱えられた状態らしいです、お父様以外の殿方に抱き抱えられたのは初めてなので少々不思議な気分ですね。

 

 

  「……何者」


「誰でもいいだろ原始人ども、俺は少なくともテメェらの敵だ」



  彼は抱えていた私をその場に下ろすと、庇う様に前へ出ながら腰の鞘から剣を引き抜きました。


  それは漆黒の刀身と斑に波及した木目状の紋様が特徴的な片刃のサーベル––––所謂ダマスカス鋼を用いた剣なのでしょう、細かな傷が散見されますが非常に手入れが行き届いています。


  あんな剣で首を刎ねられたら、或いは肩から腰までを袈裟懸けに両断されたなら、きっと斬られた人は痛みを感じる事は無いでしょう。


  是非ともその凶刃を私に向けて欲しかったのですが、口を開こうにも咳き込むばかりでまともな声になりません。



  カメリアさんは切っ先を地面と水平に構えながら身体を弓の様に引き、突きの体勢でジリジリと三人との距離を詰め始めた。


  ––––彼の構えは異界で言うところの平突き。


  刺突の際に回避されたとしても横薙ぎに繋げる事で、即座の追撃を行う事が出来るのですが、構えが様になっている所を見ると場数を踏んでいる様子。



  先に仕掛けたのは黒曜石のナイフを持った男、先程の様に四つん這いになりながら踏み込み、刺突の打ち下ろしの隙間をすり抜けるように飛び掛かかった。


  地面を這う様に移動すれば打ち下ろしの角度の関係上、確かに刺突を回避しやすくはなるでしょうし、そこからの追撃もナイフで受け止めれば問題無いでしょう。


  更に相手は子供、踏み込みの勢いを生かせば多少抵抗されても組み伏せる事は出来る、そんな狙いが見えましたが、その行動に対してカメリアさんは後ろに跳び退き、距離を開け直しました。


  そして相手が飛び掛かった瞬間を狙い、カウンター気味に踏み込んで心臓を一突き。


  串刺しになった男は悲鳴をあげる事も無く事切れたのか動かなくなり、カメリアさんは貫いたサーベルを横薙ぎに振る事で身体を切断しながら取り出し、峰を肩に乗せながら残りの二人に向き直りました。



  「––––で? これで終わりってわきゃねぇよな? テメェらの面倒なとこは血の繋がり以上に濃い同族意識だってのは知ってんだ。 ほれ、まとめて相手してやるから同時に掛かって来い」



  挑発する様に返り血に染まった剣を突き付け、血を払う様にその場で一閃すると今度はこちらから踏み込み、石斧を持った男を袈裟懸けに両断。


  そして最後の一人がそれに反応して黒曜石の鉤爪を袖から取り出すのと同時にその両腕を一閃して斬り落とし、防御能力を奪った所で額を穿ちました。



  瞬く間に大人三人を仕留めた手腕、一人目の特攻に対する冷静な対処、もしかするとシャロンよりも強いかもしれません。


 どうにか彼と戦う口実を作れない物でしょうか? そんな風に考えながら、私は痛む首を摩るのでした。




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